編集室より

あとがきの後半です。下の絵は『あさですよよるですよ』の一場面。

大きな誤りと感謝 ー2ー

こうした中、私がよく受ける事は、何故お前はこうした(変わった、或いは余計な) 仕事(というか活動)をするのか?と言う質問です。不徳の至り、第一の誤りから発し、次々誤りを重ね余計なことをするに至ったいきさつは前記の如くですが、もし最初の過ちを犯さなかったとしても、当然何故自分は生きているのか、生きようとするのか、裏返せば何を生きがいとし、何のために死を甘受するのかを、一人前の自立した人間となる関門、成人の通過儀礼として、青年期には求めたことでしょう。他の方々はそんなそぶりを外には少しも漏らさず、それぞれ自ら決めた道を着々進んでおられるのに、もはや老人と言うより化石人に近いのに、今なお青臭い迷いや追及に明け暮れているのは、我ながら進歩のない限りです。しかもそんな私に対し、有り難いことに多くの方々、特に子ともさん達から、日々お便りや励ましをいただきます。私の目標の一つ「人間幼少期の綜合把握」のために伝承遊びを蒐集する間、子ども達から多くの示唆と教訓を得てきましたが、さらに私の作品を読まれた子どもさんから、かわいい絵や覚えたての大きな字で、直接いただく感想やご意見は、作者冥利につきる以上に、月に何度も落ち込むユウウツ期の私を救ってくれる天使となっています。たとえば「やさいのおんなのひとがつれているばったが、こいぬのようでおもしろい。かってみたい」とか「ぞうのおかあさんがしぬところでいつもなみだがでます。とてもかなしくて、だから、すきで、なんどもよんでもらいます」「うみのことは、まだよくわかっていないとかいてありますが、このほんはずいぶんまえにかいたので、いまではけんきゅうがすすんで、みんなわかるようになりましたか」という率直な、私の心底にひびくお便りはくじけそうになる私を支え、力を与えて下さる糧となってきました。

(上は「あとがき」本文中お子さんからのお便りにある、ぞうのはなし『しろいやさしい ぞうのはなし』(2016年 復刊ドットコム)表紙。)

そして今度、そんなお前の誤りだらけの過去と思い迷った来歴をまとめてみないかという申し出をいただきました。若い頃私が夢見ていた絵本の世界を、最初に現実のものにしてくださった出版社が、再び老人の思いを叶えてやろうというのです。あまりに過分な申し出に恐縮、ご辞退申し上げたのに、原稿は書かなくても、テープでおこして「聞き書き」の内容をワープロで打ち出すのでそれを点検すればよいからと退路を絶たれ、遠路茅屋までこられて、どうぞ気楽に思いつくまま話してくださいと上手に誘い、聞き手が少なくてはと数人つれだった来られたりすること十数回、三年の長きに及んだ結果、順序系統だった「絵本塾講義録」になったという訳です。せっかくお読みくださる参考にと、資料現物を極力そのそろえる様しましたが、一部紛失忘却でお目にかけることができなかったのが唯一の心残りです。

願わくば、私の如き誤りをくり返すことなく、そして眠れぬ夜を何度も迎え求めても達しえなかった真実と言う彼岸を、どうぞ読者の清新な力と広い心で取得し陵駕していただきたく祈念し、感謝をこめてあとがきとします。

一九九九年三月


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  • 『 絵本への道ー遊びの世界から科学の絵本へー』(1999年福音館書店)その2