2016

2016/11/04

火災予防

上の絵は「ことばのべんきょう②くまちゃんのいちねん」(1971年福音館)の一場面です。
11月9日から15日までは「秋の全国火災予防運動期間」で、小学生や中学生による火災予防を呼びかけるポスターが掲げられているのを目にします。

80年ほど前、加古が小学生時代には火災予防のポスターを描いては賞をいただいていたそうです。なんとも皮肉なことですが、その賞状やメダルは空襲で全部燃えてしまいました。

「だるまちゃんととらのこちゃん」(1984年福音館)のとらのこちゃんのお家はペンキ屋さんで店内には[火気厳禁]の張り紙があります。大学時代は工学部、その後化学会社の研究所にいた加古にとっては火気厳禁は基本のき。そんな日々の染み付いた感覚が何気ない場面にも反映されています。

(「だるまちゃんととらのこちゃん」より)

小さなお子さん向けの平仮名だけの絵本ですから漢字のこの張り紙は難しそうですが、(火、気は小学校1年、禁は5年、厳は6年で習うそうです) シンナーを扱う塗装(これも看板に書いてあります)では、火気厳禁は必須です。お子さんと一緒に絵本を読んで下さる時にこういうところから防火の知識と合わせて漢字を読んだり覚えたりするきっかけを見つけていただけたら何よりです。

「ことばのべんきょう①くまちゃんのいちにち」(1970年福音館)の[だいどころ](p35)には消火器が備わっていて、絵には漢字で消火器とあります。

さらに「ことばのべんきょう②くまちゃんのいちねん」(1971年福音館)では、最初にあるように消防自動車が登場し、大晦日の場面では、薪をくべながら、せいろでもち米を蒸しているおじいさんの向かいに[火の用心]の張り紙がみえます。

空気が乾燥してくるこの時期、火の用心をいま一度気をつけたいと思います。

(トップページ見出しの消防車の絵は「からすのパンやさん」(1973年偕成社)の一部分です)

11月になりました

11月を迎え来年のことが話題になる季節になりました。

ご覧いただいているのは「かこさとし おはなしのほんカレンダー」11月(ケイエス販売)です。このカレンダーは、偕成社から刊行されているおはなしのほんシリーズ20冊の中から季節や行事にちなんだ絵を月ごとのカレンダーにしたもので、今月の絵は「からすのてんぷらやさん」から、紅葉が色づく会場での賑やかなおめでたい場面です。

「からすのてんぷらやさん」(偕成社2013年)の表紙と裏表紙。

この絵本は「からすのパンやさん」の4わのこどものうち3番目に生まれたレモンちゃんが、大きくなって思いもかけない事件に遭遇し仲間とともに奮闘する物語です。

あとがきの一部をご紹介します。
(引用はじめ)

私は戦災や震災の時、レモンさんのような方がたに何人も接して、平時では得られぬ貴重な教えをいただいてきました。そして人間の社会は、ただ大勢いるのではなく、たがいに助けあい、補いあって、「社会」がなりたつことを知りました。

それが、このお話しをかこうとおもったきっかけです。
(引用おわり)
尚、本文は縦書きで漢字には全てふりがながふってありますが、ここでは省略しました。

上は、来年2017年のおはなしのほんカレンダーです。2018年1月までの13場面と20枚のメモリアルシールが付いています。

絵本とは違い文字がありませんので絵をじっくり楽しんでいただけます。お忙しい日々、ふと見るカレンダーの絵に和んでいただけたら何よりです。

10月27日から読書週間が始まるのにちなみ、世界各国で愛されている名作童話の登場人物が勢ぞろいする、あそびの大惑星 5 「こびととおとぎのくにのあそび ー遊びの宮殿かんらん車ー」(農文協1991年)をご紹介します。

ピノキオ、ガリバー、シンデレラ、ヘンゼルとグレーテル、ドンキ・ホーテ、ふしぎのくにのアリスや赤ずきんちゃん、長ぐつをはいたねこ、日本のさんたろう、はなさかじいさんもでてきます。あそびの本なのにどうして?と思われるかもしれません。

例えばピノキオでは、あやつり人形の作り方、ガリバーの絵の中に隠れている人を探す絵探し、ふしぎのくにのアリスのトランプ手品 、ジャックと豆のきのことば探しなど、頭をひねる数字遊びや迷路あそび、一筆書き、四コマ漫画まで、まさに副題にかんらん車とある通り、あそび、遊びの連続です。

〈アトムやスーパーマンもピーターパンもとんでゆく〉の項目では、それぞれの飛んでいる姿とともに勢いよく飛ぶ工作遊びが紹介されています。

上は前とびらの一部です。
「あなたはほんをよみますか?」と題するまえがき、正確にいうと前歌、が書かれています。このページ左上ではミミズクが「暗夜行路」を、右上ではカラスが「からすのパンやさん」を読んでいます。

ここに描かれている本の題名は左から「ロミオとジュリエット」「奇妙な果実」「ロボット工学入門」「唐詩銘撰」「わが輩は猫である」(本が逆さ向きなので夏目漱石の肖像画もひっくり返っています。)

読みにくいと思いますので、あらためて前がきを記します。

あなたは ほんを よみますか?

(引用はじめ)

〽︎ほんは すばらしい のりものだ
すぐに どこへでも ゆけるんだ
ほんは すてきな せんせいだ
なんでも たのしく おしえてくれる
ほんは ふしぎな レントゲン
こころの おくまで はっきり うつす
そのうえ ほんの せかいは
やさしい ゆりかごだ
いつのまにか しずかに
ねむらせて くれるもの
(引用おわり)

上の写真にあるように、この本の最後の見開き(47ー48ページ)には「おとぎのくににあさがきた」という言葉とともに朝日をあびるたくさんのおもちゃや子どもに慕われている物語の登場人物が大集合します。(写真は一部です)

実は、この絵には長い歴史があります。加古が社会人になって間もない頃、セツルメント活動をはじめていた1952年に制作した大きな水彩画「おもちゃの国にあさがきた」をもとにしているのです。

当時、加古のまわりの子どもたちはおもちゃらしいものは何一つもっていませんでした。この絵を見ながら、かこさとしが語る物語に想像の翼を広げたり、動物の数を数えたり、ある色を探すゲームをしたりしてみんなで楽しんだそうです。役目をはたし終えたその絵は、今ではすっかり色あせてしまいましたが、本著を描くにあたり、時代に合わせた絵にして残しておきたいと願った著者のおもいが伝わってきます。どうぞ本を開けて隅々までご覧ください。

そして、最後には「お伽の世界は想像と創造の星雲」と題するあとがきがあり、以下にご紹介します。

お伽の世界は想像と創造の星雲

(引用はじめ)

光速のロケットができてもとなりの星雲にゆくには何千年とかかるそうですし、事件がおこるとそこにいたかどういかという、いわゆるアリバイが問題となります。このように時間や距離や生物の耐えられない条件などを超えるには、最新の技術や経済力を動員しても出来難いことなのに、なんと本の世界では「話はかわって」「むかしとおいくにで」「さて一方こちらでは」とたった数字数行で、とびこえてきました。特にお伽話や童話の世界にはこのふしぎさすばらしさが渦巻いています。
読書で知識を覚え、文字や物事を知り、かしこくなるとすすめますが、本によってこのふしぎですばらしい世界をとびまわり、まよったりあそんだり楽しんでほしいというのがこの巻のもうひとつの願いです。ではどうぞこの本も、もう1冊。

(引用おわり)

10月25日に開館30周年を迎える藤沢市総合図書館。1階中央にガラスケースが設置され、寄贈されたイラストとともに「だるまちゃんとてんぐちゃん」の複製原画が展示されています。

地下には児童図書が並び、壁面にはかこさとしコーナーが設けられています。「絵巻じたて かわ」も展示されています。

2013年復刊ドットコムから刊行された、かこさとしあそびの本②「こどものげんきなあそび」は1970年に童心社より出版された5冊シリーズの第2巻を底本に復刊されたものです。

外遊びの大切さを1970年当時から訴えていたことに、考えさせられます。以下は、前扉です。

あとがき
(引用はじめ)

「子供らしい」という表現があります。おさない、考えが浅い、自分のことしか考えないーーーなどという非難の言葉とも考えられますが、私は健康で、元気で、正義感にあふれ、純真で生き生きしていてーーーと言う積極的、進歩的な意味の方が強いようにおもいます。
遊びの中で、子供らしい遊びとは、やはり戸外での、子どもどうしによる、身体をうごかして行う、いわゆる「そとあそび」が第一でしょう。

健康な子どもたちが外で集まれば、そこには笑い声が起こり、かん声があがり、元気にとびはねて、走りまわるものです。親や先生やおとなたちのいらざる干渉がない限り、1日夕陽の残照がきえるまで、いや、消えてしまって街灯がついて、こうもりがとぶころとなっても、まだ楽しい遊びの興奮によいしれ、あしたは今日よりもっとうんと遊ぼう、はやく明日になればいいのにーーーとおもうのが子どもたちであり、子どもたちの「そとあそび」です。

この集には、そのもっとも子どもらしい「そとあそび」を中心にあつめました。

現在、都会と言わず農村といわず、日本いたるところで、交通、住宅、進学・・・等の問題は、子どもたちの世界からこうしたたのしい「そとあそび」を失わせ、遊びによいしれる時間をもぎとってしまっています。そしておとなたちの世界では昭和元禄とやらの逃避的遊蕩が横行しています。この同じ病根によって子どもは子どもらしい遊びを失い、おとなはおとならしい仕事と誇らしい労働を忘れ去ろうとしています。
だけどーーー
だからーーー
子どもは子どもらしく、おとなはおとならしく、あなたはあなたらしく、私は私らしくーーーさあ、がんばりましょう!

(引用おわり)

10月といえば、何を連想されますか。芸術の秋、食欲・スポーツ・読書の秋・・・全部!という方には「こどもの行事 しぜんと生活10月のまき」(2012年小峰書店)をお勧めします。

表紙にあるように稲刈・収穫、自然のめぐみとお祭りは切っても切り離せません。この本は、〈衣替え〉に始まり、どんぐり、渡り鳥、星空などの自然、結婚式や運動会そしてハロウィンにいたるまでページを埋めつくす絵と情報で、こどものみならず大人も多いに納得、感心する内容です。

米づくりや古来日本人が親しんできたお祭りや風習がいつ頃始まったのかがわかる巻末の歴史年表もこの本の大きな特徴です。
あとがきをご紹介します。

10月のあとがき

神がみと悪魔のあつまり

(引用はじめ)
10月は日本の各地の神がみが出雲大社にあつまり、出雲(今の島根県東部)以外の場所には神がいなくなるので「神無月」とよばれました、各地には、わずかに「えびす」と「かまど神」がのこり、留守をまもるといわれてきました。

ところが、西洋では、10月末に死者の霊や魔女や化け物たちが山頂にあつまるという伝説がもとになって、ハロウィンの行事がうまれました。

一方は神がみのあつまりにたいして、一方は悪魔のあつまりというこのちがいは、たんに神話や伝説、空想上のちがいというより東洋と西洋のちがい、すむ人びとの考えや文化の差異を示している例のように思えます。
(引用おわり)
なお、本文はたて書きで全ての漢字にはふりがながありますが、ここでは省略しました。

ハロウィン(10月31日)のページより。

「とんぼのうんどうかい」(1972年偕成社)をご紹介します。

秋の園や学校行事の筆頭は運動会ではないでしょうか。加古の作品の中で題名に、うんどうかいが付く絵本が2冊あります。この「とんぼのうんどうかい」と「どろぼうがっこう だいうんどうかい」(2013年偕成社)で、おはなしのほんシリーズ(全20冊)にはいっています。

秋の美しい夕焼け空を背景に物語が繰り広げられる「とんぼのうんどうかい」が誕生した当時の様子が、あとがきで記されています。

(引用はじめ)
1950年ごろから約20年のあいだ、休日のわたしは労働者の街・川崎の一隅で、子ども会の指導にあたるのを常としていました。あつまってくるのは、小さい姉に手をひかれたヨチヨチ歩きの弟から中学・高校生まで、ときにはおばあさんもまじっていました。子ども会でやることの主軸は遊ぶことで、遊びの楽しさを味わわせ、遊び方を考えさせることでした。

だからその導入となる童話や紙しばいを、わたしは毎週つくる必要があったのです。それらを大別するとーーー(1)動物たちがでてくるもの (2)民話的なもの (3) 現実の子どもたちの生活を描いたものーーーに分かれていました。

この「とんぼのうんどうかい」は、そうした中から生まれた作品のひとつです。つくったのは、1956年の秋、まだ当時はスイスイたくさんとんでいたあかとんぼの、互いにふれあう羽音を聞きながら、土手に腰をおろした子どもたちに、紙しばいとして見せたのが最初です。

わたしにとって、わたし作品の最高の批評家はそうした子どもたちでした。わたしは自分の作品を子どもたちに語ったり見せたりしたあと、けっして子どもたちに「おもしろかったかい?」などときかないことにしています。そんなヤボなことをきくより、横目で見ている子どもたちの表情が、雄弁に的確な評価をくだしてくれるからでした。このときの子どもたちの顔は、満足していました。それを見て、わたしもおおいに満足したことをおぼえています。

すでにその子どもたちも成人し、何児かの父や母となって、わたしをおどろかせます。時は流れ、赤とんぼの数もへってしまいましたが、この作品を、今父や母となったかつての子どもたちとおなじように、今のこどもたちもニンマリ迎えてくれるでしょうか。わたしは、おそれ、期待しているところです。
(引用おわり)

尚、本では、ほとんどの漢字にかながふってありますが、ここでは省略いたしました。

「太陽と光しょくばいものがたり」 最新の科学研究紹介の絵本

ノーベル賞が話題になる季節ですが、受賞される研究者のみなさんは計り知れない努力を積み重ねた末に発見や発明に至るのでしょう。

「太陽と光しょくばいものがたり」(2010年偕成社)は、光しょくばい発見した藤嶋昭先生の物語です。先生は、大学院生の時、太陽エネルギーを有効に使う方法はないものかと考え、太陽のエネルギーを吸収する実験をしていました。

物語ですから、難しい化学式はこの本には出てきません。絵本ですから、わかりやすい絵図と平易な説明文で最先端の発見を知ることができます。光しょくばいとはどんなもので、どんな働きをするのか、私たちの生活でどのように利用されているのかが解るようになります。

この本をつくったのは、光しょくばいを発見した藤嶋昭先生(工学博士)とその後の研究を手伝った4人の研究者と工学博士(化学)でもある、かこさとしです。

この本の最後にある〈子どもたちへ〉と題するかこさとしのメッセージを記します。

こどもたちへ

(引用はじめ)
科学や学問は、これまで人びとがつみ重ねてきたくふうや経験、ふかい考えやちえのあつまりです。この科学や学問を身につけて、もっとよい世の中をつくり、進めてゆくかしこい人に、みんななってほしいと願っています。

それから、じぶんのくせや体力にあったやり方や練習法をみつけて、じぶんをきたえ、たくましくてしなやかな能力と、すこやかな心をそなえた人になってください。

この本にこめたわたしの思いです。
(引用おわり)
尚、あとがきも含め本文の漢字には全てふりがなががありますが、ここでは省略してあります。

絵でみる科学の歴史「世界の化学者12か月」

「世界の科学者12か月」(2016年偕成社)は、情報を追加し2016年に復刊されました。科学の歴史を俯瞰するのに便利な年表には日本人のノーベル賞受賞者も網羅され、是非お手元に置いて時おり眺めていただきたい本です。

上は、1981年"フロンティア電子理論"でノーベル化学賞を受賞した福井謙一博士を紹介する10月のページです。〈化学 花ごよみ・味めぐり〉コーナーではダイコンの辛味成分や紅葉の原理について書かれています。

「パピプペポーおんがくかい」(2014年偕成社)をご紹介します。上にご覧いただいているのは、その最後の場面です。

2016年9月23日NHK総合テレビ特報首都圏「92歳現役作曲家・大中恩の挑戦」でも紹介されたこの絵本「パピプペポーおんがくかい」は、「にんじんばたけのパピプペポ」(1973年偕成社)の続編として誕生しました。

「にんじんばたけのパピプペポ」のお話はこうです。
草ぼうぼうのはらっぱにすんでいたなまけものの20匹のこぶたが、ある日、大根のようなみかん色の野菜を食べると、すっかり働きものになり、みんなで力を合わせ、はらっぱを耕し立派なにんじん畑をつくるまでになりました。

その上、レンガ造りの劇場まで建てることができ、その劇場で開かれた大きな音楽会が、「パピプペポーおんがくかい」というわけです。

下は「パピプペポーおんがくかい」の前扉。グランドピアノ型の劇場が建っています。

「パピプペポーおんがくかい」あとがき かこさとし

(引用はじめ)

私は柄にもなく若年の頃、演劇など舞台芸術に関心をもっていました。特に各国民族が独自の舞踊や歌劇をもっていることから、それは人間という生物の、性質の一つではないのかと思っていました。そうだとすると、同じ地球のなかまである他の生物にも、そのような性質や力があるのではないかと、ひそかに思い、その発表の機会を待望していました。果して専門家によって鳥類をはじめ、各種生物の「春の踊り」や「足ぶみ行動」や「歌合戦」」などが、次々と報ぜられるようになったので、パパコちゃんたちがつくった〈にんじん劇場〉をかりて、長年の夢を上演したというわけです。

今回はまにあいませんでしたが、次回上演のときは御招待しますので、ぜひおこしください。

あわせて、この本に登場した生物たちの総数は、のべ1408となりましたことをご報告しておきます。ごきげんよう。

(引用おわり)
尚、本文は縦書きで数字も漢数字、全ての漢字にふりがながふってありますが、省略いたしました。

今回ご紹介するのは〈かこさとし大自然のふしぎえほん3〉「ヒガンバナのひみつ」(1999年小峰書店 )です。

秋のお彼岸の頃に突然現れるかのように花が咲くヒガンバナには、本書によると日本各地に600以上の別の名前があります。曼珠沙華(マンジュシャゲ)、ボンバナ、ジゴクバナなどお聞きになったことがある方もいらっしゃることでしょう。

(上は、前扉。左からキツネノカミソリ、ヒガンバナ、シロバナマンジュシャゲ)

なぜこんなに多くの名前をこの植物はもっているのでしょうか。花色や形からつけられた名前、咲く場所やこの植物が持つ薬効から名づけられれたものの他に、「ヒガンバナのひみつ」に関わる大切な役割が関係しています。

本書を読みながら、そのすごいひみつを解き明かしてください。先人たちが名前にこめた深い知恵に驚かれることでしょう。

科学絵本ですが、お茶の間で3世代の家族が会話をするような温かな雰囲気が魅力の親しみやすい構成です。

最後に、この本のあとがきを挿絵とともにご紹介します。

あとがき

(引用はじめ)
1934(昭和9)年、東北地方の冷害と飢饉が伝わり、全国に新聞社の義援金募られた。福井から東京に転校して間もない、小学3年生の私は、級友3人と語らい何をおもったか横丁の納豆問屋にとびこみ、売らせてくれと頼んだ。理由を聞かれ、売ったお金を東北に送りたいといったら、太ったおばさんが急に涙ぐみ、一銭ももっていないのに、商品の山とカゴまで貸してくれ、売り方をこまかに教えてくれた。こうして家々を訪ね、たどたどしく話をすると、どこの家でも快く買ってくれ、たちまち売り切れて、それから4人で入金を算術して、夕方おばさんから差額をもらった。

こうして一週間、総額は忘れたが、物を売るとこんなにもうかるのかという印象の4人の労賃を、なんと新聞販売店にもっていった。果たしてきちんと担当部署に届いたかわからないが、大人も子どもも、疑うことを知らぬ、貧しいが人情あふれる時代であった。このときあるおかみさんがしてくれた、ヒガンバナを掘って、飢えをしのぐ話が、私の心につきささった。

本書を書きながら、私の脳裏を、このときの納豆とおかみさんの話が何度も去来した。
(引用おわり)