2019

薫風の候、「あおによし ならのみやこは 咲く花の におうがごとく いまさかりなり」という万葉集の和歌が思い浮かびます。

奈良の都、平城京のことを想い詠ったものですが、奈良の大仏様についての絵本のあとがきをご紹介します。大型絵本『ならの大仏さま』(1985年福音書店・2006年復刊ドットコム)は、その題名から歴史ものと思われるかもしれません。確かに、奈良の東大寺にある大仏様のことを中心にすえていますが、その長い、しかも複雑な歴史を整理しつつ科学的な分析を加えている、かこさとし流の科学絵本です。
長文ですので3回に分けて掲載します。

広い科学的な立場

(引用はじめ)
この本を書いた動機を一言で述べるなら「どうして大仏を立てたのかを明らかにしたい」ということでした。そのため私は次の三つのことを心がけました。

その第一は「広い科学的な立場で記そう」としたことです。これまで、奈良の大仏に関しては、歴史・美術・宗教・建築・治金等、種々な専門分野の論文や研究が公刊され、それにより貴重なことがらを私たちは知ることができました。

しかし大仏のような複雑な状況と背景の中で作られた建造物には、諸分野の研究の単なる集合ではなく、外見や皮相の動きに迷わされず、隠れた本質を見抜く鋭い目と、偏らずに全容全貌に過不足なく及ぶ統合された科学的な視野が要求されます。特に対象が巨大な構築物ですから、土木建設の技術的視野を持たなければ、判断を誤る恐れがあるように思いました。

もとより私は、土木工学を専攻したものでもなく、また広い綜合力を備えたものではありませんが、大仏にとりくむからには、科学的視野に立つことを最低の義務とし、覚悟として、探索と記述に努めました。その結果、次の二点をご報告できるようになりました。

その一点は、これまでの本や教科書には多量の金が使われたように記載されていることです。仏体銅座の表面積、金アマルガム法の錬金技術や、当時の単位である天平小両の換算法等を綜合点検することで、p29に示した使用量が明らかとなり、そのために苦心した関係者のようすやいろいろな策略とその影響をp37〜41 に描くことができました。

もう一点は、大仏を鋳造する時、仏体より銅座を先に造ったか、後からという論争についてのことです。学者の間で長く論議が続けられている、いわゆる銅座先鋳・後鋳説の両論は、その論旨・文献・傍証・推理等に、これまでの学問的蓄積のすべてをつくして、甲乙つけがたい論争となっていました。しかし科学的記述のためには、両論の学者が触れていない、新しい、私なりの資料を示さなければなりません。

最適なのは、土木学会誌(昭56・1)に述べたように、大仏の基礎構造を明らかにすることですが、それには超音波等による非破壊試験や、コンピューターを使ったシュミレーションによる想定試行実験が必要です。

しかしそれは多くの困難を伴い、個人ではできぬ事でしたが、ふと建立70年後の事故の記録に気づきました。わざわざ非破壊テストやシュミレーションによらずとも、現実に破壊テストが行われ、ありがたいことに、変化が起こった箇所と数量、方角、種類、その後の状況についての記録がきっちり残されているのです。この記録と大仏の基本諸元によって、当時の基礎構造を逆算すれば、日本土木協会誌(昭57・6)に発表掲載した結果が得られ、それにもとづきp30〜31、p56〜57を記述したわけです。

以上のほか、各場面の記述について、自然科学と社会科学両面からの検討考察をくわえました。また、家屋・服装・調度品の色や形あるいは草木や幟・幡などの描写についてそれぞれ検討理由を記述すべきところですが、あまりに煩雑になるため、残念ながら割愛いたしました。
(引用おわり)

新しい元号となって2週間。
命名のもとになったのは、「万葉集」の「初春の令月にして 気淑く 風和ぎ」からとのことですが、かこさとし『こどもの行事 しぜんと生活 2がつのまき』には、他の巻と同様に2月の別名を上げています。

「如月・衣更着(きさらぎ)さむいので衣をきる月」に続き「令月・麗月(れいげつ) すべてうつくしくかがやく月」とあり、その次に「梅見月 はじめて花のさく月)と続きます。梅は「花の兄」とも呼ばれ、一番に花を咲かせるので、今のような暖房器具などなく寒さを耐えしのんだその昔、春を待ちわびる気持ちに明るい兆しとなっていたと想像できます。加古は「万葉集」をはじめ和歌や俳句に親しみ歳時記を手元に置いていたほどですから、この呼び名を掲載したのだと思われます。

大正15年に生まれた加古は、昭和、平成と生きました。存命中に、平成から次の元号に変わることが伝えられていましたので、その時を迎えられたら四つの時代を生きることになると、励ます意味もあって家族の中では話しておりました。それはかないませんでしたが、著作の中にこの新しい元号につながる言葉を載せていたことは、様々なテーマについて細かく調査して本作りをしていた加古だからこそと思わずにはいられません。「令和」を聞くことができたらきっとこの本のこのページのことを話題にしたはずです。

平成最後の今年のお正月、庭の梅の木にただ一つ白梅が咲きました。普通より一ヶ月も早く咲いたその一輪は、加古のかつての病床から見える場所にあり、その一輪に「暖かさ」以上のものを感じ寂しい新年の日々、その花を眺めておりました。今思えば「令」を予言するような一花だったようです。

その梅の木は、2月令月にいつものようにたくさんの花を咲かせ、この季節、日に日に青い実が大きくなってきています。『だるまちゃんとてんじんちゃん』(2003年 福音館書店)は、季節の草花を手にしたてんじんちゃんたちとだるまちゃんが、青い梅の実を運んだり洗ったりしてお手伝いをするお話です。てんじんちゃんのモデルは言うまでもなく、その知性品性を加古が尊敬し「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 、、、」と詠んだ菅原道眞、その人です。

表紙でだるまちゃんが手にしているのは、ホタルブクロ。これも加古の大好きな野の花の一つでした。その花が見られるのももうすぐです。

『未来のだるまちゃんへ』(2016年文藝春秋)の文庫版には、ハードカバー版のあとがきに加え文庫版あとがきがあります。ご紹介します。

(引用はじめ)
この度、既刊の書を文庫本として頂くに当り、特に繁忙の方や若い読者に、三つの事をお伝えしたいと思いました。

その第一は、2016年6月から、18歳以上に選挙権が与えられるようになりましたが、その時になって大人の準備では遅すぎるという事です。既に奈良時代より15〜16歳で元服の儀が行われ、また近代医学からも12〜15歳に至れば、男女共人間機能が充足すると解明されているように、子ども時代から同じ社会に生活し社会の動きを陰陽に体験している故、社会人としての下準備を着々進める努力をしておくべきだという事です。制度上の権利や責任を与えられて、それから社会人としての準備ではなく得た権利と責任を待ってましたと活用し、更なる努力により何らかの寄与を目ざさないのでは「猫に小判」の段ではなく、痛恨の極みです。要するに第一の事は、15歳元服時を一目標として、子ども時代から社会人としての準備をしておくという事です。

さて私たちの社会を構成し、維持しているのは、人間の集団です。その人間は、顔形だけでなく、その性格、能力などが多様で、表面的な見方や短時間の接触では、なかなか実体を知るに至りません。不明のまま共に働き、活動するより、実像を知った上で共同の仕事に当った方が、よい結果が得られるでしょう。社会人として生活するのに必要な人間の観察と実体把握のよい方法があるのです。

日本の教育制度では、小中高校の十数年間に接する級友は、概ね百人ほどになるでしょう。しかも朝礼、授業、テスト、運動会や文化祭、部活動、さまざまな機会や偶然の、裏の実像を知ることが出来ます。その級友の観察を通じて、多様複雑な人間の実像に迫る補習として活用しようというのが第二の提言です。(尤も後年同窓会で再会して、その豹変ぶりに一驚した経験もあるかも知れませんが)

第三の事は、この人間の社会がこれでよいのかという問題です。私が工場と研究所の会社員として勤務した二十五年間、知り得た会社の表裏と、言葉遊びではないが、その逆置の社会の清濁面を密かに観察してきました。その後、社会救援活動や福祉文化活動を通じて、また東南アジアや中近東諸国での識字教育運動により、夫々の地域社会の実情と問題を知ることが出来ました。夫々強度は異なるものの貧困、飢餓、差別、疎外、環境自然破壊など社会というに当たらぬ破綻、未完、劣悪の状態でした。最も憂うつにさせたのは、人類十万年、有史 数千年に及ぶのに、未だに適切確実な方策も組織も達成できず、紛争や、戦争が止む日はないという整備されぬ社会である事です。「社会性をもつ生物」という名称は、シロアリやミツバチの方が、ずっと完備されていると極論する学者もいるのは当然。ぜひこうした点を打開し、現在と未来に生きる人々の為、整備されたされた社会形成に力を注いで頂きたいのが、第三の私の願望です。

工学部出身の私が、どうして「子ども」などに関係するようになったのか顛末を述べるに当って、門外漢の私に専門の教育や育児、児童心理教導して頂いたり、出版や絵本実務を具体的に教示して下さった関係の方々の御配意を思い返している所です。とりわけ、川崎の子ども達が、:野生的で多くを語らず、行動で示す感性と意欲的な生きる姿勢に、私は多くの事を学びとる事が出来、昭和二十年以後の生きる望みを与えられたのでした。
前記三項目を添えて、文庫本のあとがきと致します。
2016年9月 かこさとし
(引用おわり)

現在発売中の「家庭画報5月号」(世界文化社)巻末の次号予告にあるように「家庭画報6月号」には特別取材「絵本作家かこさとしのメッセージ」が掲載されます。

書斎での在りし日のかこさとし、身の回りのあれこれ、ゆかりの人が語るかこさとし。かこさとしが残した数々の絵本やそこに込められたメッセージを美しい写真とともにご紹介します。是非ご覧下さい。

https://www.kateigaho.com/magazine/latest/41652/

新年度が始まり、新一年はようやく少しずつ学校に慣れ始めている頃でしょうか。それとも、特に小学一年生は、毎日、まだ緊張して教室にすわっているのでしょうか。

「いちべえぬま小学校」に入学したおたまじゃくしたちは、アイウエオや足し算を勉強したり体操をしたり。そんな様子で始まる『おたまじゃくしのしょうがっこう』(2014年 偕成社)のあとがきをご紹介します。

(引用はじめ)
この『おたまじゃくしのしょうがっこう』は前作『おたまじゃくしの101ちゃん』の続きとしてつくったお話です。前作からもう40年もたってしまったので、当時の読者は、みないいお年になっておられることでしょう。

したがって、おたまじゃくしもみな、かえるになっていなければならないのですが、「赤ちゃんおたまじゃくし」からすぐに大人のかえるになるのではなくて、やっぱり「あとあしおたまじゃくし」から「四足(よんそく)おたまじゃくし」と育ってゆく様子をかきたかったので、こんなおはなしとなりました。

「めだかの学校」があるのですから、おたまじゃしにも小学校があってもよいとおもったのです。みんなしっかり勉強して、中学校からすえは大学まで進めるよう、どうか応援してやって下さい。
(引用おわり)
漢字には、すべてふりがながあり、縦書きです。

2019/04/14

モグラ

日差しが強くなり地上で活発に動く生き物たちに目がひかれる時期ですが、地中で冬眠することもなく暮らしている最大の生き物がモグラです。ミミズや昆虫の幼虫などを食べ、自然環境のバロメーターともいわれるモグラを加古作品の中に探してみます。

『モグラのもんだい モグラのもんく』(2001年 小峰書店)は、モグラの生態、日本の農業とモグラの関係、「とおかんや」や「いのこうち」などの行事の紹介、世界の歴史の中で見る農業の変遷と問題点を、あまり馴染みがないゆえに誤解されているモグラにかかわる様々な点を軸にしながら考える、かこさとしならではのユニークな構成、展開の科学絵本です。

地中に巣やトンネルがあり、同様にトンネルをほるネズミの悪さがモグラのよるものと誤解されていることが多いのだと詳しく説明されています。『地球』(上・1975年 福音館)でも、そのネズミとともに描かれています。

土をほる、といえば『あそびの大星雲 1 ひみつのなぞときあそび』(下・1992年 農文協)の地下鉄工事のシールド掘削機の説明の場面、地上近くの部分に描かれています。

動物好きのかこですから、デビュー作品『ダムのおじさんたち』(1959年福音館/復刊ドットコム)にも、モグラが登場です。ドリルで岩を砕くおじさんたちと一緒に石運びを手伝うウサギやリス、カブト虫やてんとう虫、カニに混じって下の画面右端にいます。

科学絵本『あなたのいえ わたしのいえ』(1969年 福音館)では、家が家たる条件の一つ、床があること、の必要性を説く場面で、モグラが顔を出します。

『にんじんばたけのパピプペポ』(1973年 偕成社)では、よぼよぼもぐらどんが、にんじんを食べたおかげですっかり元気になりーーー

その続編『パピプペポーおんがくかい』(2014年 偕成社)では、ねずみのチマちゃんや、りすのトンちゃんたちと一緒に元気いっぱい大縄跳びをしているモグラに声援を送りたくなります。

皆さんの周りでモグラの痕跡を見かけることはありますか。それは豊かな自然がある証拠なので是非、まずは『モグラのもんだい モグラのもんく』に耳を傾けていただけたらと思います。

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