編集室より

2020/12/13

「つながる」

非常事態宣言が出された2020年春『ならの大仏さま』(1985年福音館書店/2006年復刊ドットコム)をご紹介しました。
8世紀の初め頃、日本は疫病(天然痘)が流行、悪天候や地震もあり世は乱れていました。それをたちきるべく聖武天皇は大仏建立を決意します。

そして752年、全てが完成したわけではありませんでしたが、インドからきた僧侶が大仏開眼法要の式で、
(引用はじめ)
「長さ1.2メートルもある大仏の目に筆で瞳を描きいれます。その筆には五色のひもがついていて、たれたその下に手を添えた聖武上皇・光明太皇・孝謙天皇はじめ、公卿や高い位の役人たちが、開眼の喜びをともにしました。
(引用おわり)

その華やかな様子は下の絵のようでした。金堂の屋根の上から散華が舞い、幟や旗がひらめき、現在で例えるなら、オリンピックの開会式のような華やかさ、といったところでしょうか。

五色のひもで「つながる」ことができ、感激を分かち合えたのは、確かに、お堂の前にぎっしり集まった大勢でしたが、それは限られた身分の人たちだけだったのです。本文には次のようにあります。

(引用はじめ)
しかし大仏建立のために実際に働いた人々は、祭りに参列することもできず、仕事を終えたものは遠い帰路の食料さえ与えられなかったので、途中で死ぬ者もいる有様でした。
(引用おわり)

その後も台座や塗金の工事が続き771年に大仏の光背が取り付けられ、人々のよりどころとしての大仏は見事に出来上がりましたが、国をまつる人々は「つながる」どころか様々な恐ろしい事件が続き、大仏さまも巻き込まれてゆくのでした。

1200年以上経た現在、コロナ禍の中にいる私たちの「つながる」は、いったいどんな状況なのでしょうか。