編集室より

8月15日がめぐってきます。今からさかのぼること八十数年前、日本は戦争に向かってすすんでいました。かこさとしは、まだ幼少期ではありましたが、そんな世の中の空気をかんじる出来事もあり、生まれ故郷、現在の福井県越前市の自然の中で遊んでいました。豊かな描写で表現される当時の様子は、かこさとしを知る上でも、その時代の日本を知る意味でも、貴重なものでしょう。

この本は、1975年じゃこめてい出版より刊行され、同年第23回日本エッセイスト・クラブ賞と第15回久留島武彦賞を受賞。2018年に復刊ドットコムより復刊されたもので、それに際し書き加えられた「新あとがき」をご紹介します。

新あとがき

(引用はじめ)
敗戦後の翌年(1951年)法学部の大講堂でこれからの日本の進む途について著名な学者や政治家、実業人の討論会が開かれた。敗戦で生きる方途に昏迷していた私は、良き手がかりを得ようと、最前列で次々開陳される名論卓説に耳を傾けていた中、新しく大臣となった政治家は戦争に負けてよかった、新しい憲法ができて、これによって日本は再生できるものだと涙をながして未来を謳歌した。全員が一通り論じ終わった最後に米国から交換船で帰ってこられた中年の女性*が登壇、それまでの怪説迷論を鮮やかに切りすて、禍をのりこえてゆく新時代の女性の姿を示された。

私はその明快な論旨と麗姿にわずかであるが何とか生きていく光明を得て様々な彷徨の後、臨港地の工場勤務の傍ら、未来ある子供との交流と生活の機会を得た。それで得た野生的な生きる意欲に満ちた子どもたちの行動と真意を教育雑誌に投稿していたが、じゃこめてい出版と言う出版社から原稿依頼を受け、それで、子どもの頃の思い出を綴ったところ、第23回日本エッセイスト・クラブ賞**を得る光栄に浴した。しかも強力に推薦されたのが、あの時登壇された坂西先生だったことを知り二度も私の人生を励まし推挙いただいためぐり合わせに、この上ない感謝と幸いに包まれた。

今回復刊して頂く機会に先生から頂いたご恩を記し、私の心からの感謝をお知らせする次第です。2018年2月 かこさとし

*坂西志保
1896年生まれ。教職を経て、1922年に渡米。ミシガン大大学院修了。同大学院助教授、ポリス大学助教授、米議会図書館日本部長などを務め、1942年に日米開戦に伴い帰国。帰国後、外務省嘱託、太平洋協会アメリカ研究室主幹、NHK論説員などを歴任。戦後はGHQ顧問、参議院外務専門調査員、立教大学講師、憲法調査会、選挙制度審議会、中央教育審議会、放送番組向上委員会、国家公安委員など20近くの委員を務めた。かたわら広く文化の全域にわたってアメリカン・デモクラシーに貫かれた評論家活動を展開。著書に『狂言の研究』『地の塩』『生きて学ぶ』『時の足音』など多数。1976年没。

**同年(1975年)第15回久留島武彦文化賞も受賞
(引用おわり)