編集室より

作品によせて

秋の風情

投稿日時 2025/11/06

秋の風情を感じる光景といったら、どのようなものを連想されますか。
うろこぐも、雁の群れ、夕陽に染まる照り葉、まがきの菊・・・

かこさとしにとっては『秋』(2021年講談社)の絵本にあるような、高く澄んだ空にコスモスや野原の草花がゆれる風景だったのではないでしょうか。そして晩秋の趣といえば柿の木に残された赤い実。

そんな場面で『秋』は終わります。

虚子の句、「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」ではありませんが、秋の澄み切った空気と静けさが伝わり、『秋』の平和を願う最終場面にふさわしいものとなっています。

他の絵本にも多く、柿が実った風情を描いていますが、『ならの大仏さま』(復刊ドットコム)のこの場面では、静かな秋の日に大仏の勧進をする聖人を取り巻く人々の様子がまるで声が聞こえてくるかのように描かれています。背景にある塀越しの柿の実や黄葉、道端の色づいた木が、中央の松の常緑との対比で一層秋の風情を醸し出しています。

日本の秋の風情のみならず、ヨーロッパの絵も『こどものカレンダー11月のまき』(偕成社1975年)で紹介しています。
【おうちのかたへ】では以下のように書いています。
(引用はじめ)
画家は美しい景色に出会った時、受けた感動をそのまま作品に表現します。ですから、私たちが美しい絵を見るとき、美しい景色を見るのとは、別の深い感動を受けるのでしょう。
(引用おわり)

美しい景色を描いた絵は、画家の感性と筆によって、景色そのものの美しさに加え、深みを持ち、それが見る人に感動を与えるということ。

今一度ここにご紹介した絵を見ていただければと思います。

石段のおばあさん

投稿日時 2025/10/24

山の上にあるお寺に詣でるのでしょうか。細く長い石段を登ってゆくおばあさんの姿が、加古作品のあちらこちらに描かれています。

『かわ』(福音館書店1962年)は科学絵本ですが、そこにもなぜか「石段のおばあさん」がいます。この絵について、かこ自身は『絵本への道』(1999年福音館書店)でインタビューに答えて次のように話しています。
(引用はじめ)
取水場のそばのお寺に行くおばあさんはお年寄りを登場させたかったから描き込んだわけですし、山羊などを描いたのも一種の遊びです。実感とか体験に重ねて読者が興味を持ってくだされば良いと思いました。
(引用おわり)

石段のおばあさんのほか、取水口を点検する人、だんだん畑で働くひと、柴を背負う人などの姿が見られる

炭にするために木を伐採するひと、焼けた炭を背負って運ぶ人の間に山羊と遊ぶ子の姿

『かわ』同様『地球』(1975年福音館書店)にも小さくではありますが紅葉する秋の山々の中にお寺の参道の石段と人々が描かれています。神社仏閣とも関係し、ある意味これは非常に日本的な文化的な風景です。科学絵本でありながら、こういった「うるおい」を織り込む点がかこさとしらしい点でもあります。よく見ると石段の下のバス停にも杖をついたおばあさんが立っています。

上述の引用にもあるように、私たち日本人だからこそ、こういった光景を見て、自身の実感や体験と重ねておばあさんの心境や神社仏閣の静けさなどをおもうことができるのです。

1979年に刊行された『かこさとし お話こんにちは 秋11月の巻』(偕成社)にも「石段のおばあさん」の絵が大きく載っています。

これは「ごくどうもんとさんぞく」の挿絵です。あらすじをお伝えしましょう。

村一番の長者さんの一人息子は怠け者で働きもせずあそび人で、”ごくどうもん”とよばれていた。長者が亡くなってからもごくつぶし、長者の屋敷は荒れ放題となり持ち山には山賊がすみつくようになった。

村人が楽しみにしている秋祭りの日、祭りの呼び物の勝ち抜き相撲に山賊が現れ、ほうびの品をさらっていった。これを見て、この”ごくどうもん”は「みんなが楽しくあそんでいるのをじゃまするものは、おれは大きらいじゃ。」と、山賊にくみつき、組み合ったままやしろの坂をころげ落ちた。

「村の衆、おれは いままで ごくどうもんであそんでばかり、何もできなんだ、これが おれの たった一つの おかえしじゃ。さいならようー。」と叫びつつ、山賊にしっかり組みついたまま深い崖からどどうっと落ちてしまった。

こうして石段の脇にたてられた小さな石仏、そしてそれを拝むおばあさん。

加古作品のさまざまのところに登場する「石段のおばあさん」には、こんなお話が重なります。

驚いたことに『みずとはなんじゃ?』(2018年小峰書店)にもこの「石段のおばあさん」が登場しているのです。この絵本は加古が最後に手がけたものの下絵の状態から進むことができず、鈴木まもるさんに託して完成させていただきました。

加古の下絵は本当にラフなもので細かい描き込みはなかったにも関わらず、出来上がった絵には「石段のおばあさん」がいるではありませんか!

それを見て思わず叫んでしまいました。そして鈴木まもるさんにどうしてこれを描かれたのですかとお尋ねしたところ、まもるさんはこどもの頃から『かわ』を読みその世界に入り込んでさまざまな想像をめぐらせていたので、自然に絵の中に登場することになった、と話してくださいました。

こんな小さな描き込みですが、そこから広がる世界は大きく、時に深いものに通じていくことを驚きとともに知ることができた「石段のおばあさん」です。

「石段のおばあさん」が登場する『みずとはなんじゃ?』絵は鈴木まもるさん

「石段のおばあさん」の部分と対応する『かわ』の裏表紙の地図