作品によせて

1967年の『だるまちゃんとてんぐちゃん』、翌年の『だるまちゃんとかみなりちゃん』に続き『だるまちゃんとうさぎちゃん』が出版されたのは1972年、こどものとも2月号としてでした。その時の折り込みふろく「絵本のたのしみ」(下の写真)に掲載された著者による解説をご紹介します。

かこさとしによる解説

(引用はじめ)
私が「だるまちゃん」の絵本を書くに至った動機は、日本の子供たちにふさわしい、日本的な風土や香りを伴った筋と内容、主人公でつづってみたいと思ったのに発しています。外国の優れた絵本を見る度に、そこに出てくる登場者や脇役たちの服装やしぐさや背景や、ときには手にもつ小道具や刺繍の模様に、ちゃんと風土に培われた意味があり、民族性がいきづいていることに気がつきました。優れた翻訳家や解説の努力によっても、埋めつくせないよさがあることがうらやましかったのです。狭い偏った国粋主義などではなく、しかしやはり日本の風土に育ち、日本の言葉を語り、日本の歴史の中に生きていく子供たちには、バタ臭いものや無国籍的なストーリーより、はっきりと日本的であって、しかも現在の子どもにふさわしいものが一つぐらいあってよいだろうと模索しはじめました。

そんな折、たまたま目にしたソビエトの「ビショリーエ・カルチェンキ」と言う幼年雑誌の中に「マトリョーシカちゃん」と言う楽しい絵物語を見つけました。ソビエトの民族人形であるマトリョーシカのところへ、いろいろな玩具たちが遊びにきて、相手がいないと思ったら、マトリョーシカの体の中から、次々と人形があらわれ、皆と楽しく踊りをしたという話です。感心した私は、まずい訳で「紙芝居」と言う雑誌に紹介しましたがこのときの示唆から、日本の郷土玩具や民族説話に主人公を求め、「だるまちゃん」を選ぶようになりました。

こうしてできたのがだるまちゃんシリーズと呼ばれる絵物語や絵話です。まっ赤な衣とひげと大きな目を持つ「だるま」は、日本の子どもたちはもちろん、大人の方にも好まれ愛される素晴らしい典型だったので、興のおもむくまま、とらやかっぱや白ぎつねや三猿や龍やくじらや金時やらとの交流交絡する話を次次作ったのですがそのうち三つだけが絵本となり、読んでいただいているという訳です。

ところが求められるまま、前述した動機などをご紹介すると、中には「日本の代表といっても、だるまは元はインドじゃないか」と言われる方がおられました。さすが博識の方は世に多いもので、もとはといえばインド香至国第三皇子であることや慧可断臂(けいかだんぴ)の禅宗の祖であることは指摘の通りです。しかしあの眼光の鋭い菩薩達磨師の像は、中国文化が磨きあげ、それが日本に渡来したものということがいえましょうが、木彫りや張り子のだるま(傍点あり)にまで化して、敬愛し民族化したとき、それはインドや中国のものではなく、私たち日本のものといってよいでしょう。純粋な土着性だけを日本とするなら、騎馬民族や南方漂流民としてのわれわれの祖先を排除しなければならぬという妙なことに至ります。

さて、こうして誕生した「だるまちゃん」に遊びとしての要素をもりだくさんおりこんだのが「うさぎちゃん」との物語です。しかしその中に慧眼(けいがん)な方は一種場違いな人物が見えがくれするのにお気づきでしょう。丹下左膳と座頭市です。戦前チャンバラのすきな子どもたちは丹下左膳ごっこにあけくれていました。戦後はチャンバラどころか遊ばなくなってしまいました。そしてこの二人とも障害をもちながら悪に敢然とたちむかった人です。この二人を創作された林不忘さんや子母沢先生に感謝しながら、なぜ、こんな伏線をしたのかを、大人の方はその教養でちょっと考えていただければ幸いです。
(引用おわり)

上の写真は裏表紙、左端の雪だるまに注目。

『だるまちゃんとうさぎちゃん』は、11月8日から12月10日まで藤沢市民ギャラリーにて開催の「だるまちゃんとあそぼ! かこさとし作品展」にて2場面を展示。また11月16日より越前市ふるさと絵本館にてほぼ全場面を展示いたします。ぜひご覧下さい。

すっかり秋らしくなり『そろって鍋もの にっこり煮もの』が嬉しい季節になりました。

食いしん坊の誰かさんは、夜寝付けない時に、羊の数を数えるのではなく、おでんを食べるとしたら何からどんな順番で食べようかなあと想像するそうです。そんな事をしたら尚更目が覚めてしまいそうですが、この本の1ページは、おでん鍋を囲む笑顔の一家の会話(下の写真)から始まります。まずは前見返しにある〈この本のねらい〉をご紹介します。

〈この本のねらい〉

ゆっくり煮こんでほしい

(引用はじめ)
食べものを煮たりたいたりという事を物理化学的に味気なくいえば、食品を水とともに加熱する工程となるでしょう。しかし、その水の量や加熱処理の時間、温度によって「煮こんだり」「煮つめたり」「煮っころがしたり」といういろいろな料理となり、それにふさわしい大きさや深さや形や材質の加熱容器がさまざまな鍋となって登場します。

それでは、一体どんな煮たきの操作によってどんな料理に変わるのか?どんな処理を行うために、どんな鍋が用いられのかーーーどうぞこの巻でゆっくり煮こみ、とっくり煮つめてみてください。
(引用おわり)

さらに著者の言葉が続きます。

煮たきもののかくし味発見!

(引用はじめ)
煮たきすることは熱を加え食品をやわらかくするだけでなく、「ふるさと」とか「おふくろ」といった味がわきでる不思議な様子を4~5、6~7ページにのせてあります。

煮るものといえば、あなたの一番好きな、おでんのたねはなんでしょうか?20〜21ページの絵(下の写真・一部)の中にあれば幸いです。

こうした日本の煮込みものは、シチュー(10〜11ページ)とか、ポトフやボルシチ(12~13ページ)とかと、どうちがうのか、ぜひおたしかめください。

そして全国のなべものめぐり(24~31ページ)や見返しの煮もの、汁ものの日本地図によって、忘れていたなつかしい味を思い出していただきましょう。

このように、この煮もの、たきものの巻は各所にちりばめた、いろいろなかくし味をお楽しみいただく発見の絵本です。
(引用おわり)
尚、漢字には全てふりがながあります。

最後のページには、次のようにあります。

寒い季節の暖炉の魅力

(引用はじめ)
日本でも外国でも寒い地方では、冬一日中暖炉を燃やし続けます。その熱源を生活している人々は見逃しません。湯をわかし、薪や衣服を乾かし、なべをかけます。こうして暖炉を必要とする生活は、暖炉を使っての料理や、それを囲んで集う家族や隣人との接触親和の場をつくります。したがって暖炉という熱源は、単に料理づくりに役立つだつだでなく16〜17ページ(下の写真・一部)にご紹介したように、まわりをかこむ人々を結びつけ、心をあたため、会話や笑いをはずませていくという事です。この不思議な魅力、すばらしい威力を北国の冬の暖炉ばかりでなく、いろいろな煮もの、たきもの、なべものが秘めている様子をお知らせしたのが、この巻です。北国の冬生まれ一人として、この本をお読みいただいた事を感謝し、南国生まれ方にも、この食べごとを見つけられるよう祈ります。
(引用おわり)

さらに、後ろ見返しには著者から読者の皆さんへの言葉があります。

台所の代表は何か?

(引用はじめ)
簡単に台所を、絵であらわすにはどうしたらいいでしょうか?魚や野菜をかいても店屋さんと間違えますし、ガスレンジや冷蔵庫は、よほど上手でないと手提金庫が物入れになってしまいます。という訳で、一番早くてやさしいのは「なべやフライパンのある部屋」というあらわし方だと言うことになりました。やはりなべやフライパン(これも浅い片手鍋の1種です)は、台所を代表する道具であることがわかります。

この台所の代表は、その役目である煮たきのための、食品と水を収めておく容器としての機能と、熱を加え、伝える、種々の材質の壁を持っています。さらにフタのあるなし、持ち運びのための柄や取手、通気穴や中底のあるものなど、多くのなべが工夫され使われている様子を、どうぞあらためて見てください。
(引用おわり)

鍋ものだけあって著者の熱い思いが伝わってきます。それにしても、おでん好きの様子、さては、、、?!

2017/09/22

運動会

秋の学校行事といえば、かつては運動会が筆頭でした。一家揃ってお弁当を広げてというのが定番で、その形体が変わったとはいえ、普段見れられぬ一面を発揮する姿に声援を送るのも運動会ならではです。

1950年代、かこさとしが川崎でセツルメント活動・子ども会の世話をしていた頃、秋になると地域の運動会を催し500人近い子どもが集まってきてリレーや借り物競争などで大いに盛り上がったそうです。どんなにか賑やかだったことでしょう。

かこ作品の中でも、運動会はなくてはならない一大イベントです。

セツルメント活動で子どもたちに見せていた紙芝居から生まれたお話の一つで、秋晴れの空を背景に繰り広げられるのが、『とんぼのうんどうかい』(1972年偕成社)です。大群で飛ぶとんぼを見たことがあればその発想に頷けるのですが、そんな光景を近頃の都会では見かけられなくなってしまい本当に残念です。

典型的な種目といえば、綱引き、大玉ころがし、玉入れでしょうか。ご覧いただいているのは『こどものカレンダー10月のまき』(1975年偕成社)からです。2見開きが運動会に当てられています。動物たちの表情がそれぞれ面白く、右下、「スプーンきょうそう」のからすの表情は最高です。

二人三脚の、うさぎとカメ、オオカミとブタの組み合わせにも笑ってしまいます。

『ことばのべんきょう くまちゃんのいちねん』(1971年福音館)では11月に運動会となっていて、熱中症予防の現在を先取りでしょうか?! テントには「土等猫(ドラネコ)小学校PTA同窓会」とあります。

一方、『どろぼうがっこう だいうんどうかい』(2013年偕成社)はその競技種目が何ともアッパレ愉快で、いつかどこかで実践してみたいと密かに願っているのは筆者のみではないはずです。

「どろぼうがっこう」とはいえ学校ですから校長先生のちょっと気取ったお話から始まり応援歌という流れにもニンマリしてしまいますし、ハプニング発生でプログラム変更が余儀なくさせられるあたりは妙に現実味があり、後見返しにその表示があるのも、いやはや参ったなと言わざるを得ません。

パンやさんと言えば『からすのパンやさん』(偕成社1983年)ですが、加古作品には、他にもパンやパンやさんを描いた絵本があります。

1987年に農文協から『かこさとし たべものえほん10巻』(文のみ・かこさとし)が出版され、その第2巻が「せかいのパン ちきゅうのパン」です。この本のねらいについて、かこさとしのことばが巻頭にありますのでご紹介します。

この本のねらい かこさとし

(引用はじめ)
食物のシリーズのなかで、このパンの絵本をかいたのは、パンが数千年の昔から、今も世界各地で毎日作られ、多くの子どもたちが食べている重要な食物だからです。

子どもにとって食物は、健康や成長の糧であるとともに、文化・生活・教育などに関わり、精神や心に大きく作用していることを、このパンが最も雄弁に物語っています。

パンのながい歴史と、背景となった風土や文化を、香ばしさやふくらみをこめてえがいたのがこの絵本です。
(引用おわり)

『食べごと大発見 第6巻 たまごサラダこんがりパン』(1994年農文協)は主に西洋の食事や料理を紹介する巻で、[リーンなパン こんがりパン](下の写真)[リッチなふわふわパン]と[三度サンドサンドイッチ]」という3項目3見開きでパンの作り方や調理法と美味しそうなパン、サンドイッチ、バーガー、ホットドッグなどが並びます。

美味しそうに描かれている絵を見るだけでも幸せに気持ちになりますが、実際の食事をともにすることにより「国や言葉や文化の壁がいっぺんに取れ、互いに親愛を深められる」食べごとの意義を実感していただけたら幸いです、というのが著者のこの本に込めた願いです。

絵本館から定期的に届けられるご来館者の方からのお手紙の中に『うさぎのパンやさんのいちにち』(2004年 ベネッセコーポレーション)が大好きですというお子さんのお便りがありました。

この本は題名からわかるように、うさぎのパンやさんが早朝から粉をこねる場面からはじまり、時間の経過とともに成形、発酵、焼き上げ、調理を経て店頭に並んだり給食になったりと多種類のパンを彩りに、片づけ掃除で1日が終わる様子が手にとるように描かれ、小さなお子さんにもパン作りの様々が理解できるお話です。

かこは給食用のパンを含む多くのパンを長年製造している熟練の方をパン工場に訪ね、その製造過程やコツ、注意点などを取材した上でこの本を描きました。『からすのパンやさん』同様、楽しんでいただけたら幸いです。

泳ぎ方のコツを教えてくれる絵本、と思われるでしょう。
確かに、水の親しみ方、水泳の練習方法、泳ぐ時の注意が細かに書かれていますが、なんとこの本では、私たち人間は10億年以上も前に海に生まれた生き物を祖先としているところから始まり、その証拠に体液のイオン濃度が海水と比較すると似ていることをクラゲ、タラ、カエル、カメ、イヌ、ヒトを例にグラフと図で示しています。

こういった生き物の泳ぎ方や速さ、水泳の効果や泳ぎの歴史にもふれます。水に親しむことの多い季節、泳ぐことを様々な視点から知って実践していただければ幸いです。

これまでにもご紹介してきた「かこさとしの食べごと大発見」シリーズですが、今回は第4巻「うれしいフライ 天ぷら天下」をのぞいてみましょう。

「からすのてんぷらやさん」(2014年偕成社)で天ぷらの秘伝(?)を披露した加古ですが、調理には温度と時間、具材の濃度等が大切な点は化学実験と共通ですから、かつて化学会社の研究室で働いていた著者にとってはお手の物かもしれません。

上の絵は、前見返しにある図で、その右にある〈この本のねらい〉には次のように書かれています。

あげもののヒミツをこめた本

(引用はじめ)
てんぷらやフライなど、あげものの料理はとてもおいしのですが、これほど調理法がうるさくヒケツや秘伝が渦まいているものはありません。 油の種類、成分、まぜ方、濃度にはじまり、ころものつくり方、つけ方、落とし方、入れ方はもちろん、下にひく紙にいたるまで、いちいち理由や自慢や相伝が入り交じり、はては一般家庭のあげものを、「油煮のたぐい」とか「パン粉の油こがし」と嘲笑する専門家がいます。
けれどもそんな油煮天ぷらでも、食べ残しパン屑のフライでも、忘れがたくおいしかった事実があります。どうした事か今までこのヒミツは語られてきませんでした。そのヒミツを発見し追求したのがこの本です。どうぞよろしくご活用ください。
(引用おわり)

さていよいよ本のページをめくると扉には 次のような見出しで説明が続きます。(この部分を含め本文の漢字にはかながふってあります。)

あげものは様変わりの世界

○まず色が変わります
油であげると、こんがり、きれいなきつね色や黄金色(こがねいろ)に変わります。本当の「金」(きん)になったらどうしましょう!
(引用はじめ)
○様変わり
小麦粉のころもやパン粉のドレスにつつまれて、すてきなよそおいに変わります。
○歯ざわり
ひと口かじったときのハリハリ、パリパリのころもの下からふっくらやわらかい、いもや白い魚があらわれます。
○味変わり
油と、こうばしいころもと中の材料のおいしさがまざりあって、すてきな味となります。
(引用おわり)

よだれの出てきそうな前置きがあって、いよいよ天ぷらにする魚の下ごしらえ、ころものつくり方、いか、エビ、かき、豚肉、鶏肉、野菜を材料に天ぷら、フライ、素揚げ、唐揚げ。
コロッケ、ピロシキ、ポテトチップス、大学芋まで一気に面白、楽しいキャラクターによって紹介されます。

最後には大人向けの(振仮名なしの)次のような文で、本文はおわりとなります。

危険な水と油、火と油の戦い

(引用はじめ)
熱い油の中に揚げる材料をいれるとジュウジュウ、パチパチするのは、材料の水を油が追い出し、出された水がとびはね、油も一緒にとびはねているので、小さい子が顔を近づけるのは、とても危険です。

また、油を火で熱してるのは、ちょっとまちがえると「火に油をそそぐ」ことになりかねません。事実、揚げものをしているときに電話がなって、話しこんでいる間に火事になる率がとても高いことがはっきりしています。
化学実験では、安全メガネと火災対応が実験者の常識であるように、台所という高度の実験室で油を使うおいしい反応をおこなうのは、この水と油、火と油の危険防止を、ごくあたりまえの事としてしっかり守っていただくようお願いして、この巻の終わりといたします。
(引用おわり)

そしてさらに次のような大人に向けたメッセージがあります。

水を流しても油を長さぬこと

「牛や豚なら簡単で完全にできるが一番だめなのが人間なんだ」と友人の下水道学者が嘆いたことがあります。動物はけっして異物をながしたり、混入したりしないが、どんなに警告しても、防止策をとっても、とんでもないものを密かに流したり、無理に投入するのが人間で、技術以前のところでホトホト困ってしまうとのことです。揚げ物の場合、油は食用なのでやがて分解されますが、できるだけ流さないようにしたいものです。特に皿や食器をあらう洗剤は、河川や湖や海を汚染してしまいます。
一番よいのは、紙で油を拭きとって、水は流しても油は川や海へ流さないことです。おいしいものをつくったり、食べたりする楽しさは、後始末まできちんと気持ちよくすることで、まっとうされることを、どうぞご指導ください。それは、あげもの食事における大切な発見のひとつなのですから。

2017/07/16

コウモリ

雨傘や日傘が出番の季節ですが、加古が子どものころは傘のことを"こうもりがさ"、あるいは"こうもり"と呼んでいました。"こうもり"と聞いて傘だとわかる方は、今ではずいぶん少ないかもしれません。

番傘や唐傘に対して洋傘のことを指して言ったようですが、半世紀ほど前にようやくナイロン傘が一般的になるまでは、"こうもり"は布製で大雨が降ると重たく、雫がたれてきた記憶があります。

その時代は、夕方薄暗くなるとコウモリが飛び回ったものです。「こどものカレンダー8月のまき」(1975年偕成社)には、[こうもりのわらべうた]が、6つほど紹介されています。(下)こうもりに草履やわらを投げ上げてそれにつられて降りてくるのを捕まえようとして唄ったものだそうです。

「コウモリは昼、ほら穴や木の穴などにぶら下がっていますが、夜、人には聞こえない超音波をだして、反射してくる音波を耳で受けてとぶので、ぶつからずに虫をすばやくつかまえられるのです。」と左ページ左下[おうちのかたへ]というコーナーで説明されています。

「ことばのべんきょう くまちゃんの1年」(1971年福音館書店)には、お月見をする夜空にこうもりがとんでいます。

「たこ」(1975年福音館書店)の最後の場面、いろいろな種類のたこが空を舞うところに、こうもりだこが上がっています。子供達にコウモリが身近な存在だったあかしでしょう。

下の絵は、「地球」(1975年福音館書店)春の場面、カルスト地形を流れる谷川脇にある洞窟にいる、きくがしらこうもり、ゆびながこうもりが描かれています。

冬ごもりのコウモリは「こどもの行事 しぜんと生活 11月のまき」(2012年小峰書店)にあります。

コウモリの出す超音波のことがありましたが、エックス線で見たコウモリもあります。

下の画面の右上です。
これは「かこさとし あそびの大星雲7 くしゃみやおへそのあそび」(1992年農文協)の[骨までみえる]という項目にある絵で「どんなことをしているのかわかりますか?」とあります。

答えは次の絵にある通り。
「やっぱり このすがたのほうがたのしくて いいですね。」ですって⁉︎

楽しいといえば、コウモリが出てくる愉快なお話しに「とんぼのうんどうかい」(1972年偕成社)があります。

とんぼたちを捕まえて袋に入れた「ぎゃんぐこうもりの かくいどりは」と下の絵の本文にありますが、かくいどりとは蚊喰い鳥の意味でコウモリの別名、夏の季語だそうです。この場面から物語は一転するのですが、その痛快な場面は越前市ふるさと絵本館で2017年6月29日から8月30日まで展示していますので機会があれば是非ご覧下さい。

そして、だるまちゃんシリーズにもコウモリが登場します。ほらあなにに住むやまんめちゃんとやまんばあちゃんが「ごろ」と呼ぶコウモリが「だるまちゃんとやまんめちゃん」(2006年福音館書店)でご覧のように活躍します。

ところで、皆さんのご近所ではコウモリを見かけますか。

2017/06/08

カエル

〽︎カエルがなくから帰ろ

こんなことを言いながら家に帰る子どもの姿は、もうずっと遠い昔のことになってしまったようです。雨の季節に、カエルを加古作品の中から探してみることにします。

デビュー作「だむのおじさんたち」(1959年福音館書店)では、カエルも動物たちと一緒におじさんのお手伝いです。大規模なダム工事も、みじかな石運びだったら小さなお子さんにも理解できます。科学絵本でありながらこういう描き方をするのが加古里子です。

「わっしょいわっしょい ぶんぶんぶん」(1973年偕成社)では表紙をはじめ様々な局面で小さなカエルたちが出てきます。(上)


「おたまじゃくしの101ちゃん」(1973年)と続編の「おたまじゃくしのしょうがっこう」(2014年いずれも偕成社)はおたまじゃくしたちのお母さん、そしてお父さんも登場して大活躍です。

(下は「おたまじゃくしょのしょうがっこう」たいいくのじかん)

カエルしか登場しないのは、「うたのすきなかえるくん」(1977年PHP)。若い頃から演劇に興味があった加古だけに、この物語はまるで舞台で演じられることを想定して書かれたような展開の作品です。

上にご覧いただいているのは、「こどものカレンダー6月のまき」(1975年偕成社)の表紙です。この本の6月12日は、「かえるづくし」(下)で言葉あそびの面白さが絵によって倍増されています。

字がご覧になりにくいと思いますので右ページ上から下の順に列記します。

かんがえる、とりかえる、むかえる、ひっくりかえる、ふりかえる、みちがえる、うちへかえる

以前、美しい前見返しとしてご紹介した「あめのひのおはなし」(1997年小峰書店)は小さなお子さん向けの物語です。登場人物を中心としたすっきり画面にもかかわらず、細かい気配りがされた小道具が伏線として効果的に配されている点は見逃せません。カエルもその一つで、加古らしさ溢れるおはなしの表紙はご覧の通りです。

「こどもの行事 しぜんと生活 6月のまき」(2012年 小峰書店)にあるのは[いろいろな指あそび]で30ページには、
「人の手とゆびはすばらしいうごきをします。手や指をおもったとおりにうごかすことができるよう、手や指をつかうたのしいあそびをしてみましょう。」
とあり、指をいろいろ組み合わせて[ひねしょうが]、[リス]、[キツネのめがね]そして[カエル]などを作る手順が図解されてます。指を動かし口を開けしめさせてカエルの鳴き真似ごっこも楽しそうです。

カエルといえば、泳ぎの名手。科学絵本をのぞくと、「じょうずになろう およぐこと」(1981年評論社)では、バクテリア、いか、へび、アヒル、サカナ、イルカ、クジラとともにカエルの泳ぎ方が図入りで説明されています。

そしてもう一つの特徴はその跳躍力。「じょうずになろう とぶこと」(1982年評論社)によるとカエルは自分のからだの40倍の距離、12倍の高さまでとぶことができます。これは驚異的な跳躍力をもつノミを除き、他の動物や昆虫に比べ非常に優れた能力といえます。

「地球」(1975年福音館書店)水田の場面(下の絵)には、「つちがえる」「とのさまがえる」が見えます。こんな里山の風景は「出発進行!里山トロッコ列車」(2016年偕成社)の紫陽花咲く水田とも共通し、心安らぐ風景です。
同書では房総のカエルの種類もしっかり絵で紹介していますが、専門家によると他では聞くことが難しくなってしまったカエルの鳴き声が聞こえるそうです。

なんだか、カエルの大合唱が聞きたくなってきました。おしまい。

[かこさとし からだとこころのえほん]という10冊シリーズが農文協から出版されています。初版は1998年ですから20年近く前のことですが、現在でもお子さんはじめご家族で読んでいただきたいテーマばかりです。体の仕組みや働きだけではなく、脳や神経、心の持ち方や大げさな言い方に聞こえますが、人間としての生き方のヒントになるようなことが、平易な文章ですべてひらがなで書かれています。

このシリーズによせて、次のような著者の言葉がカバーには記されています。
(引用はじめ)
なぜ、人間は歩いたり話したりできるのだろう。なぜ嬉しくなったり悲しくなったりするのだろう。子どもの素朴な疑問と悩みを通して、最も身近な存在である自分自身の体と心について、子供の目で見てみつめていく絵本です。

子どもは大人と同じ身体的機能や感情を持ちながら、伝達能力がつたないばかりに行動や感情表現の真意を大人に理解されないことが多いのではないか。

このシリーズは、子どものための絵本であるとともに、子どもから大人へのメッセージでもあります。
(引用おわり)

このシリーズでは、第2巻「びょうきじまん やまいくらべ」と第5巻「おとうさんのおっぱい なぜあるの」(上の写真)のみ文・画ともにかこさとしが担当していますが、他の巻では文のみ、かこです。巻末には綴じ込み付録がついています。

第1巻「わたしがねむり ねていたとき」(1998年 農文協 文・かこさとし 絵・栗原徹)の冒頭にある〈この本のねらい〉をご紹介します。

この本のねらい かこさとし

(引用はじめ)
誕生から死に至るまでの人間の生活時間を分類すると、睡眠に費やされる部分が大きいことに気づきます。「長い生涯」とか「働き続けた一生」であっても、「酔生夢死」とか「あとの半年位寝て暮らす」とか言われるように、人間の生きている実態上、大きな部分を「ねむり」が占めている訳です。

逆に言えば「ねている時」は「目覚めている時」の附属物ではなく、「生きていること」の重要な要素であり、さめている時間帯と共に「生きていること」を分かち合っている、とても大事な時なのだということを、「睡眠」は生きる上でなくてはならぬ、積極的な大事な意味と効用・役目を持っていることを、知っていただきたいのがこの本の願いです。そのねむりを充分とることによって、私たちの体も心も、生き続けることができることを、子どもたちに伝えたいと願っています。
(引用おわり)

2017/05/24

むし歯予防

むし歯は今から半世紀ほど前には子どもの大問題でした。

(1928年から1938年までは6月4日はむし歯予防デーとよんでいましたが、現在では6月4日から10日を「歯の健康週間」としているそうです。)

そこで生まれたのが以下のような絵本や紙芝居です。
「はははのはなし」(1970年 福音館書店)
「むしばミュータンスのぼうけん」(1976年童心社)
「むしばちゃんなかよしだあれ」(1976年而至歯科工業・1980年フレーベル館)
「6がつ6ちゃんはっはっは」(1978年童心社・紙芝居)
「ぼくのハはもうおとな」(1980年フレーベル館)
「むしばになったらどうしよう」(1981年フレーベル館)

この問題の深刻さをうかがえるようなあとがきが、「むしばミュータンスのぼうけん」にありますので、ご紹介します。

(引用はじめ)
現在、日本の子どもは、98%がむしばにかかり、平均9本のむしばを持っているという事実は、驚きと悲しみと怒りを私に与えます。
砂糖業者や菓子メーカーやテレビのコマーシャルや、なおしてくれぬ歯科医がわるいという声もききます。

確かに、それにも問題がありますが、こんなにも多くのむしば子にしてしまった兇悪無残な犯人は、極悪非道な悪者はーーーまぎれもなく大人、特にその子の親だということです。

文字どおり「甘やかし」、「アメをなめさせた」方々に反省を求めつつ、この本をおくります。私は、ひじょうに残念な気持ちでいっぱいなのです。
(引用おわり)

このあとがきが記されて40年を経た現在、子どもたちの口内の状況はどうなっているのでしょうか。
下は「むしばちゃんのなかよしだあれ」の前扉

その「むしばちゃんのなかよし だあれ」のあとがきもご紹介します。これは小さい読者のために全部ひらがなで書かれています。

(引用はじめ)
この ほんは にっぽんじゅうの こども みんなが むしばのない つよい からだの かしこいこになってほしいと おもって かいたものです。 なかに むずかしい ことばがあったら おうちの ひとや おとなの ひとに おしえてもらってくださいね。 かこ・さとし
(引用おわり)