編集室より

『人間』のあとがきの後半を掲載いたします。

3部23場面による構成

前述した柱によって、実際の本づくりをつぎのよう な手段と方法で進めました。
まず、
(1)生物の発生とその子孫としての人間の出現 (第1 一9場面)
(2)人間の成長と身体各部の機能 (第10一17場面)
(3)人間の個人と集団の活動とその集積 (第18一23場面)
という3部の組み立てと、23場面の展開としました。

したがって、前述した多くの学間の成果や資料から得た「人間のすべて」を、ことこまかく網羅列記する分厚い図鑑集の形ではなく、複雑で多岐にわたるならば、それを簡潔明快に示しながら、最も重要な点をゆ っくり、画像と文章でくり返し読者に伝える絵本形式とするため、いってみればそのための選択と圧縮に10 年以上を費やしたことになります。

描画の表現と工夫

この「絵とことば」による絵本の形態を最大限に活 用するため、各場面に新しい展示や錯視を利用した工 夫をほどこし、前後の場面とのつながりと流れを保ちながら、隔絶や断層を生じない範囲での飛躍を心がけ ました。

挿画はかならずその近傍の文と対応して色・形・情 感をつたえ、ことばは画像が表現できぬ所を描出して、理解の輪をひろげること、とくに画面は、幼少の読者 にもわかる平易さと、合理的な具象性、そして明快な健康さをめざしました。

たとえば科学絵本であっても、内臓表示に当っては 解剖書のようなリアルな表現ではなく、ここちよく接しうるような整理を行い、一方裸体や技術知識の集積といった表示に対しては往々マンガ化や抽象化しがちな所を、本書では真正面から美の力をかりての表現に 努めたということです。

きわめて個人的な思い

こうして描き進めたこの本に、ーカ所、筆者の個人 的な感慨がこめられていることをお断りしなくてはな りません。それはもう10年(?)にもなると思われる昔、 仕事中に耳にしたラジオの子ども向け電話相談番組のひとこまです。小学2年(?)のその女の子は、はじめ から涙声で、切々と「ゆうべお風呂に入った時みたら、 母には腹に傷あとがなかった。だから私は母の子では ない、悲しい」というのです。高名な先生方がいろいろなだめ、説明しましたが、その子の疑念と悲しみは解けず、最後に「バカだなあ、あんたは」の声で終わりとなりました。この問答が、以来筆者の脳裏を去来し続けました。当意即妙な答えなどできぬ筆者ですから、回答の先生方を批難するのではなく、どうしたらこの子の悲しみを解明できるかと、内外のいわゆる性教育の本をあさりましたが、不充分の思いしか残りま せんでした。第12場面冒頭の文は、長いことかかった筆者のお詫びをこめてあるつもりなのですが、もう立派な娘さんになられたであろうそのご本人は、きっと 「あまりにおそい答」に苦笑されることでしょう。

ご支援へのお礼

おそいといえば最初の発意起案の時から17年もの長い間、辛抱づよく待っていただき、遅筆な筆者を温か く励まして、脱稿までつれてきて下さったのは福音館書店松居直会長、編集担当者のお力です。 さらに本書の完成は、私の微弱な能力では不充分で、私の尊敬するそれぞれの専門分野の方々の校閲・教示・助言を得て達成することができました。ここにお名前を記し感謝をこめてご報告といたします。

杉本大一郎(宇宙物理学)
中村桂子(生命誌)
米田満樹(発生生物学)
下出久雄(内科呼吸器病理学)
亀津優(神経内科) 成瀬浩(精神科神経生化学)
北川隆吉(社会学)

こうした状況と経過により、本書を読者にお届けできるようになったものの、筆者の浅学頑迷のため、せ っかくのご指導の主意を把握できず、ご迷惑をかけた のではと恐れているところですが、責任はすべて筆者 にあり、読者のご叱正をお待ち申し上げます。そうし た読者の強いご支援によって「川」をお目にかけてか ら30余年間、科学絵本を描きつづけて来られた幸いを最後にお礼申し上げ、あとがきといたします。ありがとうございました。

(引用おわり)

*尚、本文中で「川」とあるのは『かわ』(1962年福音館書店)のことです。
下は後ろ見返しにあるヒトの染色体の図