2017

2012年に小峰書店より刊行された「こどもの行事 しぜんと生活」は各月ごとの12巻のシリーズです。

2月の巻には、節分、豆まき、針供養、初午、バレンタインなどや、ツバキ、ウメの花、天神さまなどについて楽しくわかりやすく書かれています。

なかでも〈うるう年、うるうのひ〉〈2月がみじかいのはなぜ? 一週間が七日のわけ〉という項目では、徹底的にその理由を解説していますので、お子さんに説明する大人にも大変助けになります。
あとがきをご紹介します。

2月のあとがき

新旧の暦と天体のうごき

(引用はじめ)
カレンダーや学校の行事など、みな太陽暦(新暦)なのに、各地の行事の中には、旧暦やひと月遅れでおこなわれているものがあります。すべて新暦にすればいいのにという意見もあります。

むかしの人たちは、月の満ち欠けを用いて昼と夜の時間や四季の変化をたくみにはかり、まちがいのないように工夫をして、農耕や生活を実行していました。

この旧暦と新暦の関係と違いを知ることは、太陽・地球・月のうごきを正しく知る機会となります。昔の暦などと思わずに、宇宙と人間の生活をかんがえるきっかけにしましょう。
(引用おわり)

尚、本文は縦書きで漢字のすべてにふりがながあります。

かこさとしおはなしのほんは、加古がセツルメント活動でこども会を指導していた時に生まれた紙芝居をもとにしています。そのシリーズの一作目、「あおいめ くろいめ ちゃいろのめ」(1972年 偕成社)をご紹介します。

あとがき かこさとし

(引用はじめ)
半分はおせじでしょうが、この作品をみた友人が「フランスかどこかのほん訳ものかと思った」といってくれたことがありました。しかし、この作品の誕生は、ちょっと変っているのです。
いまから11年まえ、そのころはわたくしも若く、指導していた川崎の子ども会も活気にあふれていました。その子ども会の、あそんだり、お話をしたり、子ども新聞をつくったりする課目のひとつに、絵の指導がありました。

労働者の家の子らしく、あくまでたくましくてガサツな子や、どこでどうまちがって教えられたのか、決して紫をつかわない子や、絵をえがかずにわたしの背中によじのぼってくる子どもたちをあいてに、ある日の課目に「円形の色紙(いろがみ)」を取り上げたのです。わたしのねらいはつぎの三つでした。

(1) 子どもたちの手さきを、かれらの思いどおりに、自由に器用に動かせられるよう、色紙を大小の円形にハサミできること。
(2) そのきった円形を顔にしたり、目にしたりして、その配置や変化で、表情や感じがかわることを、子どもたちに体得させること。
(3) 子どもたちが、それぞれにつくった別々の顔や表情をひとつにまとめ、筋と起伏を与えることで、共通の作品を通して、おなじ喜びとなかま意識を満喫させること。

このまとめの筋につくったのが、この作品の原型で、子どもたちは自分が切ってはったいびつな目がでてくる顔に、おおいに笑ってくれたものです。したがって友人には悪いけれど 、これはしゃれたフランスの絵本なんかではなく、何をかくそう日本の労働者の街の片隅の子ども会で美術指導副産物として生まれたのが真相なのです。そのつもりで見ていただければ幸いです。
(引用おわり)

なお、本文は縦書きで漢字には全てふりがながふってあります。また、(3)の文中、なかま、という言葉には脇点(傍点)がふってあります。下は、裏表紙から。

この本にはこんな逸話があります。
10数年ほど前、アメリカから一通のファンレターが届きました。英語で書かれていて幼稚園に通う年頃の女の子からで、お父さんはアメリカ人、お母さんは日本人でかこの絵本を読んでもらい、いつか、日本語でかこ先生にお手紙をかけるようになりたいとありました。そこで、加古はたどたどしい英語の返事とともにこの「あおいめくろいめちゃいろのめ」の絵本を送りました。

そして昨年、漢字交じりの美しい文字、綺麗な日本語でその女の子から手紙が届き、大学を卒業をしたとありました。卒業式のガウンをまとった写真の彼女はちゃいろのめ、お父さんは碧眼、お母さんは黒い目でした。十数年前に加古から届いた絵本の登場人物と自分の家族構成がそっくりで、折に触れてこの本と自分の家族を重ね合わせて頑張ってきたそうです。その端正な文字と文面に感嘆、見事に日本語を習得した彼女の努力に感動し、今度は日本語で返事を書きこの本の続編「あおいめのメリーちゃん おかいもの」(2014年 偕成社)をプレゼントしたのでした。

2017/01/20

雪のことを思いきり書きたい。雪国育ちの加古の願いが実現したのが「ゆきのひ」(1966年福音館書店)でした。

その12ー13ページ(上の写真)に描かれている町の通りは、福井県越前市の方々によれば、駅前から伸びるあの道がモデルに違いない。新潟県長岡市の皆さんは、あれは雁木通りだ、と。半世紀前の面影を残す場面の数々は昭和をよく知る読者の皆さんには大変懐かしいものとなっています。

「だるまちゃんとうさぎちゃん」(1972年福音館書店)(上の写真)は次のような言葉で始まります。

「さむくなりました。
ゆきが こんこん ふりました。
そして どっさり つもりました。」

お子さん向けの雪の本といえば、「ゆきのひのおはなし」(1997年小峰書店)(上の写真)でしょう。辺り一面銀世界に遊ぶこどもたちの白い息が見えるような、けれども心が温かくなる作品です。

「あそびずかん ふゆのまき」(2014年小峰書店)には表紙(下の写真はその一部)のみならず、雪遊びのいろいろがのっていますし、「こどもの行事 しぜんと生活」の2月の巻(2012年小峰書店)には、様々な雪の呼び名が紹介されていてその数の多さに驚きます。

「地球」(1975年 福音館書店)では雪山と冬眠中の動物が描かれ(下の写真)、「ダムのおじさんたち」(1959年福音館書店)や「万里の長城」(2011年福音館書店)の吹雪の場面は科学絵本であっても効果的に印象深い場面を作りあげています。

「からたちばやしのてんとうむし」(1974年偕成社)の最後の場面(下の写真)、雪に埋もれた落ち葉の下でのてんとうむしたちの会話が聞こえてくるような、静けさに包まれつつ春を待ちわびる気持ちがにじむくだり、ここにも雪国の生活をしる著者らしい思いがこめられているようです。

2017/01/05

宝尽くし

松竹梅や鶴亀、鯛などとともにに福だるまの連想につながるだるまちゃんは、縁起がいいとおっしゃってくださる方があります。年始にあたり繁栄や富貴など先人たちの願いがこめられた「宝尽くし」という吉祥文様と関係するものを加古作品の中で探して見ましょう。

お宝といえば、それを狙うのはどろぼうというわけで「どろぼうがっこう」(1973年偕成社)の裏表紙(上の写真)の左下に宝と記された壺(金嚢きんのうでしょうか)、そして表紙には宝鍵(ほうやく)があります。(下の写真、ひろげた手の右下)。字が示すように 大切なものをしまっておく倉庫の鍵で「鍵のてに曲がって」という表現に使われる鍵はこの鍵のことです。
どろぼうだったら、倉庫の中が気になるところです。顔の左上にあるのは、飾りのように見えますが、鍵穴隠しです。

だいこくちゃんの打出の小槌はご存知の通りですが、昔人たちが現代の私たちの生活を見たら打出の小槌で次々に欲しいものが目に前に現れるように思うかもしれません。手をかざせば水が出たり、そばに行けば灯りがついたり、画面に触れたら世界中のニュースが瞬時にわかったり。

下の写真は「だるまちゃんとだいこくちゃん」(1991年福音館書店) です。

逆に現在の私たちには理解しにくいお宝もあります。もうほとんど使うことがなくなってしまった隠れ蓑(みの)と隠れ笠(かさ)。身を守る、あるいは正体を隠す意味で大切なものとされたようです。
蓑笠を日常生活に使わなくなってしまい、若木の葉の形が蓑に似ている樹木のカクレミノなどは名前の由来がピンとこないかもしれません。
写真をご覧ください。若い頃は下にあるように葉が三つに分かれて蓑のようにみえます。

ミノムシ(蓑虫)といえば、木枯らし吹く木立にぶら下がり、まさに冬の図ですが、秋の季語だそうです。最近はすっかり見かけなくなってしまいました。みなさんのお住まいの所ではいかがでしょうか。下は、「かこさとし あそびずかん ふゆのまき」(2014年 小峰書店)の前扉の部分です。

筆者は小さい頃、毛糸や色紙を細かくして箱の中にいれ、蓑からだしたミノムシをその中にいれておくと毛糸や色紙の蓑をまとったカラフルなミノムシになるのを楽しみました。今では絶滅危惧種に上げられている種類もあるそうです。先人たちの意図とは全く異なりますが、生物多様性という視点から見ると隠れ蓑ならぬミノムシも大切な存在だと気づかされます。

(下の写真、ロウバイの幹にミノムシがついています)

会期を残すところ3日間となった本展示会は連日多くの方々のご来場をいただいているそうです。

下の写真は2017年2月4日の様子です。かこさとしの作品は「絵巻じたてひろがるえほん かわ」「宇宙」「だるまちゃんとてんぐちゃん」「だるまちゃんすごろく」の一部をご覧いただけます。

親子ですごろくを楽しまれていたり、「かわ」の細部をじっくり見られていたり、広い会場でゆったりとご覧になっているのが印象的でした。

かこ・さとし かがくの本 5「あまいみず からいみず」初版(1968年 童心社)は、かこさとしの絵によるB5変形・21センチの小型絵本でした。

以下はその表紙・裏表紙と28-29ページです。当時は4色刷り(カラー)が高価だったたため本文は2色刷りでした。

現在の大きさでカラーになったのは、初版から20年経た1988年で、この時に和歌山静子さんの絵に変わりました。

コップの実験からひろげる化学の推理

かこさとし画の版では、あとがきの見出しは「一般から特殊なものへひろげ演繹してゆく考え方」となっていましたが、1988年以降は「コップの実験からひろげる化学の推理」となりました。

あとがきの文は同じです。以下にご紹介します。

(引用はじめ)

「かがく」ということばはときどき困った場合が起こります。文字に書くと「科学」「化学」でわかるのですが、ことばや音だけでは説明がいることとなります。それでしばしばバケガクという言い方が、多少うらみをこめて言われます。

子どもの本、特に幼児向きの本で「化学」を扱ったものが非常に少ないというのがわたしには残念でなりませんでした。この本の塩や砂糖が水と引き起こす現象は、化学の中の溶解とか溶液とか濃縮という重要な項目の一つです。

また、小さなコップやおなべでわかったことがらを、大きな自然現象に拡張すること、手近な実験で確かめられた事実を、実験のできない現象にまで適用推論すること、そういう考え方、すじみち、手法は、化学の研究ではごく普通の、しかも大事なものとなっています。むずかしくいえば、一般的な事例から、特殊なものへひろげ及ぼしていく、いわゆる演繹法とよばれる考え方、すじみち、態度をくみとってほしいのが、わたしのひそやかな願いです。
かこ・さとし

(引用おわり)