ご挨拶
展示会
今年は展示会に恵まれた一年でした。
1月には前年から続く福井県セーレンプラネットでの「宇宙のえほんとおもちゃ 〜かこさとしの科学絵本〜」、3月には「絵本でたどるいのちのふしぎ 加古里子かこさとしxいのちのたび博物館」(いのちのたび博物館)と科学系の展示会場が続きました。これらの展示会では模型や標本と絵が見事に組み合わされ、年齢を問わず楽しんでいただくことができました。
夏には、かこさとし生誕100周年の先取りでもありましたが、この100年間の日本の歩み、特に戦後80周年という節目の年、さらには市制85年の藤沢市の多大なご協力で、市政施行85周年記念事業無料展示会「かこさとし作品展 〜これまでの100年、そして未来へ〜」を藤沢市アートスペース、藤沢市民ギャラリーの2カ所で盛大に開催していただきました。
このことは2025年12月25日号広報藤沢で「2025年の出来事」(7月)として取り上げられています。
広報ふじさわ 2025年12月25日号
また、本展示会を機に加古の生まれ故郷越前市との交流が本格的に始まり、4月の鈴木恒雄藤沢市長の越前市訪問に続き山田賢一越前市長が藤沢市にお越しになられました。越前市広報に令和7年の出来事として掲載されています。
2025年 越前市この1年
いのちのたび博物館での展示会
藤沢での展示会チラシ
また「古往今来・発車オーライ!」(市原湖畔美術館)では常設展示会場に特別に『出発進行!里山トロッコ列車』の原画を春から秋にかけての長い期間展示していただきました。
くらげのパポちゃん
没後7年ながら、新刊『くらげのパポちゃん』(講談社 かこさとし・文 中島加名・絵)を出版がかないました。かこさとしの原稿発見のニュースを伝えていただいてから2年をかけて刊行に至り、その間の様々をNHKのニュース番組などで報じていただきました。
また、本作および『秋』をNHKラジオで朗読していただいたことは、戦後80年の節目の年に貴重なことでした。
藤沢での展示会では、加古の孫中島加名による絵を初披露、関連のトークイベントでは江ノ島水族館のスタッフの方々からのくらげについて貴重なお話しを伺うこともできたのは思ってもみないことでした。
パポちゃん大好き!と、10月下旬、清泉小学校の5年生に招かれて直接お話しする機会をいただき、この交流は深く心に残っております。
11月には藤沢市や奈良県大和高田市の平和式典で朗読していただくなど出版の年に多くの皆様ご披露したり、お目にかかってお話しする機会が多くあり、感謝の念にたえません。
こうして今年も直接にそして公式サイトなどを通じて あるいは各地の書店さんや図書館さんのおかげで、多くの皆様に発信することができ、ご感想や反響を知ることとなり大変励みになりました。誠にありがとうございました。
皆様のおかげで、みのり豊かな一年となり深謝申し上げます。来年はかこさとし生誕100年を迎え、展示会の企画もあります。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
最後になりましたが、どうか佳き新年をお迎えくださいますようお祈り申し上げます。
絵本館でもパポちゃん刊行にちなんだ催し
藤沢の展示会で初公開
巳年 干支探し
年頭にあたり恒例の干支探しですが、今年は巳年。ヘビが苦手な方もいらっしゃるようですから、控えめに少しだけご紹介しましょう。
オンデマンド出版をしている『まほうのもりのプチ・ブルベンベ』(偕成社)はドイツの黒い森を舞台にしたお話で、最初の場面に小さなヘビがいるのですが、見つかりますか。この絵は2月末ごろまで藤沢市図書館に飾っていますので、お近くの方は是非ご覧ください。
干支になるくらいですから、昔話にも登場します。
『かこさとし童話集④日本のむかしばなし〈その1〉』にある「甲賀三郎伝説」(下・絵は中島加名)では、兄たちの策略で深い穴から戻ることが出来なかった三郎は、やがて三十年の後、大蛇に姿を変えて地上に戻り、城主争いをした醜い企てをした者たちもろともにこの世から消えてしまったのでした。
「伊賀の黒丸のこと」では忍者の修行中に見かけるヘビ、秩父を舞台に鉱山を発見した「赤銅源作」では、源作が出会ったヘビの銀黒などが鉱山を見つけるヒントとして伏線になっています。
『からすのパンやさん』のたくさんのパンの中に「スネークパン」があり、特設サイトで、ユーモラスなヘビもたっぷりご紹介しておりますので、是非そちらをご覧いただけたらと思います。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
初公開 手作り絵巻「松蛇伝」2001年2月21日作
思いがけず2024年末に発見されました。2001年加古がユネスコの「識字セミナーの教材として現地(ベトナム)で作成」とあります。
折り畳まれた紙を開いていくと次々に絵が広がっていき、題名から察せられるようにヘビが登場しますので苦手な方はお気をつけください。
ある山の松の木
あやしいあかいもの
それは大きなへびのした
へびのからだは大きく
ふとくてあばれるが
それをあやつる蛇の少年
松の肌は蛇のうろこー
今年はコロナ禍ではあったものの全国各地で巡回展、「かこさとし おいしいもの展」(岐阜県・こども陶器博物館)そして渋谷 Bunkamuraで展示会を開催でき多くの皆様にご来場いただきました。改めて心より感謝お礼申し上げます。
出版に関してはBunkamura展示会の公式図録でもある『かこさとし 子どもたちに伝えたかったこと』(平凡社)、かこさとしの姿を自身で投影させた絵本『カッコーはくしのだいぼうけん』(復刊ドットコム)をお届けすることができました。
オンライン講演会に加え、対面での講演会も再開できたことは本当に幸いで、会場の皆様から得難いエネルギーをいただきました。
遅まきながら8月よりTwitterを始めました。本サイトの更新情報に加え、Twitterのみで、かこ作品から時節にあった絵や写真などをご紹介いたしますので、引き続きお楽しみいただけたら幸いです。
どうぞお健やかに佳き新年をお迎えください。
今年も多くの皆様にお世話になりありがとうございました。十大ニュースではありませんが、たくさんの初めてがあった2019年を振り返ります。
初めての詩集『ありちゃん あいうえお(講談社)出版
大正15年に生まれ昭和、平成を生きたかこにとって、かこさとしの名前で出版する最初の詩集のお話をいただいたのは、亡くなる直前でした。
いつ何時でも言葉を探し、拾い集め、楽しんでいた、かこの「あいうえお」は小さなお子さんが耳で覚えてしまい、わざわざ「あいうえお」を覚えさせなくても大丈夫との反響をいただきました。読み聞かせ、読み語りの第一歩におすすめです。
孫が可愛くて仕方ない「おじいちゃん」の気持ちを書き留めた詩は、あなたの心にどのように響くでしょうか。
初めての全国巡回展・公式図録
かこの存命中から打ち合わせをしていた全国巡回展をいよいよ始めることができました。
3月、生まれ故郷の福井県越前市を皮切りに夏にはひろしま美術館、そして秋、大丸ミュージアム京都を巡り、大勢の皆様がご来場、熱心にご覧くださいました。2020年は、八王子市夢美術館、松坂屋美術館(名古屋)をはじめ各地を巡る予定です。
初めての美術番組 NHK「日曜美術館」
多くの教育番組やニュースに登場させていただいた、かこですが「日曜美術館」に、しかも美術というより科学に関しての生命図譜(上・撮影スタジオにて)に焦点を当てて取り上げていただくという大変ユニークな構成となりました。
ユニークといえば、NHK「サラメシ」で思い出いっぱいのお弁当が紹介されたのも今年でした。
初めてのDVD発売
2018年にNHKで放映された「プロフェッショナル」がDVD化され発売されました。かこ史上初めてのDVD発売です。特典映像として番組の中で登場した『みずとはなんじゃ?』が出版された時のニュース映像も入っています。
初めての、かこのいないお正月
2019年の年頭は、新年の晴れやかさも遠い世界のことのようで加古総合研究所では『かこさとしの世界』のための写真撮影が進んでいました。例年なら、床の間にお正月飾りをしつらえ、お屠蘇で祝い記念写真を撮影するのが元日の慣わしです。それは叶いませんでしたが、こうしてこの一年、初めてのいろいろなことができたのは、かこさとしの作品を愛してくださる多くの皆様のおかげです。この一年を振り返り心より感謝もうしあげます。どうか皆様、佳き新年をお迎えください。
秋のお彼岸が終わりました。
今年の春のお彼岸には関東地方では季節外れの雪が降り、芝生や満開の梅に積もった雪を見て一句捻っていた加古でした。ちょうどその日は、小峰書店の編集者さんが『みずとはなんじゃ?』について打ち合わせに来られ、その編集者さんの担当だった『子どもの行事 しぜんと生活 3がつのまき』(2013年小峰書店)の彼岸のページを開いて雪景色を眺めながら思い出話しをしておりました。
そして2018年秋の彼岸9月23日に、加古は墓所の中に収まりました。生まれ故郷、福井県越前市の引接寺(いんじょうじ・上)です。15世紀に建てられたこのお寺は、京町という風情のある一角にあり、武生(たけふ)駅や「だるまちゃん広場」などがある武生中央公園から歩いて行ける所です。
山門を入って左側の一番奥、本の形をしているのですぐにお判りになります。(上)
山門の右側奥には、加古が通ったこのお寺の幼稚園、丈生(じょうせい)幼稚園(下)があります。
加古は特定の宗教を持っておりませんでしたが、お寺のご好意で、故郷のゆかりあるお寺で眠らせていただくこととなりましたことを謹んでご報告致します。
かこさとし公式ホームページをご覧いただきありがとうございます。
かこさとしは今年3月に90歳を迎えました。直接皆様にお目にかかりお話することは、なかなかできませんが、ホームページで少しでもかこさとしとその作品について知っていただけたらと考えております。
かこさとしは1926年(大正15年)に現在の福井県越前市で生まれ、幼少期を豊かな自然の中で小魚やトンボを追いかけて育ちました。かこはこの頃の遊びの体験がかけがえのない貴重なものだった、と述懐しています。
小学校に上がると文章を書いたり絵を描くことが好きになり、東京の高校に進学すると国語の先生が俳人、中村草田男だったこともあり、俳句や詩にも興味をもつようになりました。里子(さとし)という名前は本名(哲=さとし)から取ったその時の俳号です。
その後、かこは東京大学工学部へ進学しますが、時代は戦争一色となり、授業どころではない状況となります。終戦をむかえた19歳のかこさとしは、食べるものもない焼け野原で物質的な貧窮のみならず、戦前からの価値観の大転換に大きな戸惑いを覚えたといいます。これからどうやって生きてゆけばよいのか、何を信じてゆけばよいのか、大いに悩んだかこは、答えを求めて大学でも工学部以外のいろいろな学部の授業に潜り込んでは授業を受け、その答えを模索する毎日を送っていたといいます。
大学卒業後は、専門である化学のメーカーに就職するもセツルメント活動に積極的に参加するようになりました。セツルメント活動とは大学生らが中心となり労働者地域で医療、法律相談をまた子供たちには教育のボランティア奉仕をするものです。給料の3分の1を使って幻灯、紙芝居、絵の指導、新聞作りなど20年間にわたり続けました。(それ以外の3分の1は仕送り、残りの3分の1で自分の生活をしたといいます)
その間、数多くの子どもたちと接することで、かこは多くのことを子どもたちから教わったといいます。この体験が元になり、47才のとき会社を退職して、未来を生きる子どもたちのために、その後の人生を歩むこととなったのです。
かこが長年にわたる子供と接する活動から得た教育的な持論は、子どもというものは自ら生きようとする生き物である、そのために自分たちで遊ぶ力をもっている、子どもは理解できれば自ら意欲をもってすすんで賢くなれる力がある、というものでした。
専門の応用化学分野で博士号も持ち、科学者の目も持つかこさとしの著書は、絵本や物語にとどまらず、自然科学(かわ、海、宇宙)建築・土木、歴史、さまざまな遊び、食べごと、四季おりおりの文化、地域資源などを融合した独自の視点と世界観を持つもので、子どもたちのいろいろな好奇心を満たすべく幅広いジャンルに及びます。また、内容的にも20年後、すなわち、子どもが大人になったときでも通用する専門性の高い、本格的なものです。
子どもにとっての遊びの意味を見つめ、健やかで賢く心豊かな子どもの成長を願ってやまぬ気持ちを冒頭のメッセージに込め、高齢の現在も、僅かな視力を頼りに19歳の決意を全うする日々を送っています。
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