作品によせて

かこさとし あそびの大星雲1 「ひみつのなぞときあそび 生活機器の内部の秘密」(1992年農文協)の前見開きには、下にあるような絵と著者から大人の方に向けたメッセージが記されています。

かこさとしから、おとなのひとへ 「くらしの機器のひみつと なぞなぞ遊び」

(引用はじめ)
子ども時代ふしぎなわけを知ろうとつとめ、なぞをとこうと問いつづける時があります。大勢の中には、めんどうな手数や工夫に挑み、時間を忘れてとりくも子がいます。その時その子にとってそれが楽しく、面白く、うれしいからでした。

疲れた大人は、そうした行動をイヤな仕事や労働や勉強の類だと言いますが、その時その子にはとてもすてきな、ぴったりと合った最高の遊びだったのです。

この巻には私たちの生活や身近な暮らしに関係のある器具、用具、機械の見えない内部の様子や、知らない秘密のからくりを「なぞなぞ遊び」「なぜなぜごっこ」をおりまぜておさめました。

それは科学技術や発明考案で大きな功績を残した先人の、真の英知や苦心の重点を知ってもらうと共に、その先人たちも幼少の頃、なぞに迫り、なぜと追及していたように、たとえ少数でも未知への挑戦をよろこびとする、未来のアルキメデスやエジソンたちに、仲間としての声援を贈りたかったからです。どうぞ楽しんで下さい。
(引用おわり)

この本は、鍵、ピアノ、電池、鉛筆削り、ボール、テレビなど身近にあるものから地下鉄工事、電波望遠鏡、人工衛星などの仕組みやその内部にある秘密を絵とわかりやすい文で紹介しています。中には大人が読んでも「そうだったのか!」と思うものもあります。

そして加古のメッセージにあるように本を開けるとすぐに、なぞなぞあそび①がでてきて、このなぞなぞは合計20問もあります。次から次からへと明らかにされる秘密にきっと夢中になってしまうことでしょう。

あとがきを記します。

知的よろこびは遊びの最高

(引用はじめ)
少々品の悪い表現で子どもを「ガキ」といいます。その飢えた鬼の如き食欲の塊が、食事も忘れて遊びに熱中するのは、決して珍しいことではありません。そして意外にもそれは自動警報つき鉱石ラジオカーの配線のハンダづけだったり、全天星雲星団早見表の下図作成だったりで、大人を驚かせます。

このことは、その子どもがもっている全エネルギーを傾注する対象にめぐり会う時、すばらしい集中力を示すということ、知識獲得や、思考といった知的自発自立行動が次元の高い遊びとなって魅惑歓迎されていることを示します。そうした知るよろこびと考える楽しみの遊びの本として見て頂ければ幸いです。
(引用おわり)

"道具"というと何を思いうかべられますか。
調理器具、文房具、勉強道具、玩具、遊具、大工道具でしょうか。

「あなたのいえ わたしのいえ」(1969年福音館書店)の最終ページには次のような言葉があります。

「・・・いえは ひとが かんがえ くふうしてつくった おおきな くらしの どうぐです。くらすのに べんりな どうぐのあつまりです。・・・」

科学絵本「どうぐ」

科学絵本「どうぐ」は、その翌年1970年に福音館書店から「かがくのとも」11月号として発行され、2001年から現在にいたっては瑞雲舎で出版されています。「どうぐ」の書き出しはこうです。

「あなたの うちには どうぐが たくさん ありますね。」

朝起きて歯磨き、歯ブラシは立派などうぐです。スプーン(著書ではおさじという言い方)はすくうどうぐで、すくうどうぐの大きなものには・・・というようにページが進んでいきます。

上は「どうぐ」。福音館書店1970年版の折り込み付録(全8ページ)の3ページには、この本に寄せる著者の言葉がありますのでご紹介します。

道具を、かしこく使おう 加古里子

私たちは、毎日、道具をつかってせいかつしています。道具はあんまり身近で使いなれているため、その効用や便利さを忘れがちです。しかし、ひとたびゆっくり私たちの生活のすみずみをみなおしてみるとじつにさまざまな道具を、かず多く使っていることに気づきます。

家庭の主婦はもちろん、ちいさな子どもたちも決して例外ではありません。しかも、道具を使っていることを忘れがちなくらい、すでに道具は私たちの手足の一部、生活とはきっても切れぬものとなっています。それが、この「かがくのとも」の「どうぐ」第1章で、わたしがのべたいと思ったことです。

第2章は、そういう子どもたちや家庭内の身近な道具類の働き、機能がそのまま拡大され、強力化され、まちや工場で使われるということをかきました。これは機器設備とよばれるものです。巨大な工場の設備や大きなうなりをたてる機械が、なんのことはない、私たちの身近にあるものの、単に大きくなったものだということがわかれば、機械に対するつまらない恐れやおののきは無用のものとなります。はさみやおしゃもじを使う優越感をもって、そうした、なりだけが大きい機械に親しみ、対処するようにしたいものです。

(上は「どうぐ」10-11ページ)

以上、のべた2点は、あるいは、従来のほかの本でもかかれた点であったと思います。しかし、この「どうぐ」の本では、そのうえに、第3章をつけくわえました。

それは、小さな道具の集合集積、組み合わせによって、まったくちがう、新しい機能をもつどうぐがつくられるという点を、ぜひつけくわえたかったからです。近ごろのことばでいえば、システム化とか複合化とかいうことになりましょう。または、道具の質的変貌というようにいえるかもしれません。

以上の3つの章は、ある意味では、別々のものでありながら、たがいに関連し、補足しあって、現在の道具を物語ってくれる大事な点だと考えます。

ところで、マッチのじくというりっぱな道具を、時には、つまようじや耳かきに使うことがあります。この時、マッチ棒は、「火をつける道具」ではなく「耳をそうじする道具」となっています。つまり、道具というものは、その外見やかたちではなくて使う人の立場、条件によって、どんなにも変わってしまいまいます。道具が人びとの生活に役立ったり、目的を変えたり、逆に人びとを不幸にするかどうかは、それを使う人間の条件、立場が大事になってくることをしめしています。このことこそ、今日の道具のいちばん大事で忘れてはならない点だと思います。原子力などは、そのよい例でしょう。

なんだか、むずかしいことをかきましたが、以上が私の作品にはめずらしく(?)3つの部分からなっている理由ですし、やはり主題はなんとかの1つおぼえで、「みんなで、道具を、かしこく使おう」ということです。

2016/11/04

火災予防

上の絵は「ことばのべんきょう②くまちゃんのいちねん」(1971年福音館)の一場面です。
11月9日から15日までは「秋の全国火災予防運動期間」で、小学生や中学生による火災予防を呼びかけるポスターが掲げられているのを目にします。

80年ほど前、加古が小学生時代には火災予防のポスターを描いては賞をいただいていたそうです。なんとも皮肉なことですが、その賞状やメダルは空襲で全部燃えてしまいました。

「だるまちゃんととらのこちゃん」(1984年福音館)のとらのこちゃんのお家はペンキ屋さんで店内には[火気厳禁]の張り紙があります。大学時代は工学部、その後化学会社の研究所にいた加古にとっては火気厳禁は基本のき。そんな日々の染み付いた感覚が何気ない場面にも反映されています。

(「だるまちゃんととらのこちゃん」より)

小さなお子さん向けの平仮名だけの絵本ですから漢字のこの張り紙は難しそうですが、(火、気は小学校1年、禁は5年、厳は6年で習うそうです) シンナーを扱う塗装(これも看板に書いてあります)では、火気厳禁は必須です。お子さんと一緒に絵本を読んで下さる時にこういうところから防火の知識と合わせて漢字を読んだり覚えたりするきっかけを見つけていただけたら何よりです。

「ことばのべんきょう①くまちゃんのいちにち」(1970年福音館)の[だいどころ](p35)には消火器が備わっていて、絵には漢字で消火器とあります。

さらに「ことばのべんきょう②くまちゃんのいちねん」(1971年福音館)では、最初にあるように消防自動車が登場し、大晦日の場面では、薪をくべながら、せいろでもち米を蒸しているおじいさんの向かいに[火の用心]の張り紙がみえます。

空気が乾燥してくるこの時期、火の用心をいま一度気をつけたいと思います。

(トップページ見出しの消防車の絵は「からすのパンやさん」(1973年偕成社)の一部分です)

10月27日から読書週間が始まるのにちなみ、世界各国で愛されている名作童話の登場人物が勢ぞろいする、あそびの大惑星 5 「こびととおとぎのくにのあそび ー遊びの宮殿かんらん車ー」(農文協1991年)をご紹介します。

ピノキオ、ガリバー、シンデレラ、ヘンゼルとグレーテル、ドンキ・ホーテ、ふしぎのくにのアリスや赤ずきんちゃん、長ぐつをはいたねこ、日本のさんたろう、はなさかじいさんもでてきます。あそびの本なのにどうして?と思われるかもしれません。

例えばピノキオでは、あやつり人形の作り方、ガリバーの絵の中に隠れている人を探す絵探し、ふしぎのくにのアリスのトランプ手品 、ジャックと豆のきのことば探しなど、頭をひねる数字遊びや迷路あそび、一筆書き、四コマ漫画まで、まさに副題にかんらん車とある通り、あそび、遊びの連続です。

〈アトムやスーパーマンもピーターパンもとんでゆく〉の項目では、それぞれの飛んでいる姿とともに勢いよく飛ぶ工作遊びが紹介されています。

上は前とびらの一部です。
「あなたはほんをよみますか?」と題するまえがき、正確にいうと前歌、が書かれています。このページ左上ではミミズクが「暗夜行路」を、右上ではカラスが「からすのパンやさん」を読んでいます。

ここに描かれている本の題名は左から「ロミオとジュリエット」「奇妙な果実」「ロボット工学入門」「唐詩銘撰」「わが輩は猫である」(本が逆さ向きなので夏目漱石の肖像画もひっくり返っています。)

読みにくいと思いますので、あらためて前がきを記します。

あなたは ほんを よみますか?

(引用はじめ)

〽︎ほんは すばらしい のりものだ
すぐに どこへでも ゆけるんだ
ほんは すてきな せんせいだ
なんでも たのしく おしえてくれる
ほんは ふしぎな レントゲン
こころの おくまで はっきり うつす
そのうえ ほんの せかいは
やさしい ゆりかごだ
いつのまにか しずかに
ねむらせて くれるもの
(引用おわり)

上の写真にあるように、この本の最後の見開き(47ー48ページ)には「おとぎのくににあさがきた」という言葉とともに朝日をあびるたくさんのおもちゃや子どもに慕われている物語の登場人物が大集合します。(写真は一部です)

実は、この絵には長い歴史があります。加古が社会人になって間もない頃、セツルメント活動をはじめていた1952年に制作した大きな水彩画「おもちゃの国にあさがきた」をもとにしているのです。

当時、加古のまわりの子どもたちはおもちゃらしいものは何一つもっていませんでした。この絵を見ながら、かこさとしが語る物語に想像の翼を広げたり、動物の数を数えたり、ある色を探すゲームをしたりしてみんなで楽しんだそうです。役目をはたし終えたその絵は、今ではすっかり色あせてしまいましたが、本著を描くにあたり、時代に合わせた絵にして残しておきたいと願った著者のおもいが伝わってきます。どうぞ本を開けて隅々までご覧ください。

そして、最後には「お伽の世界は想像と創造の星雲」と題するあとがきがあり、以下にご紹介します。

お伽の世界は想像と創造の星雲

(引用はじめ)

光速のロケットができてもとなりの星雲にゆくには何千年とかかるそうですし、事件がおこるとそこにいたかどういかという、いわゆるアリバイが問題となります。このように時間や距離や生物の耐えられない条件などを超えるには、最新の技術や経済力を動員しても出来難いことなのに、なんと本の世界では「話はかわって」「むかしとおいくにで」「さて一方こちらでは」とたった数字数行で、とびこえてきました。特にお伽話や童話の世界にはこのふしぎさすばらしさが渦巻いています。
読書で知識を覚え、文字や物事を知り、かしこくなるとすすめますが、本によってこのふしぎですばらしい世界をとびまわり、まよったりあそんだり楽しんでほしいというのがこの巻のもうひとつの願いです。ではどうぞこの本も、もう1冊。

(引用おわり)

折り込み付録(1962年より)

1962年福音館書店「こどものとも」7月号として刊行された「かわ」には折り込み付録があり、著者の詳細な解説がありました。長いものですので3回に分けてご紹介いたします。
今回は2回目、第5場面から第9場面までの解説を掲載します。

表紙・第1場面から第4場面に関しては、絵本「かわ」について-1-をご覧ください。

第5場面は

山地から平野に出た川が、運んできた土砂を堆積(たいせき)してできた扇状地(せんじょうち)*。ひらかれた耕地の上に、ちいさいけれど平和な村がつくられています。川はここらあたりから、はげしい上流ではなく、ゆるやかな中流となります。
軌道と筏で運ばれた木材は集材所に集められ、ここから消費地に運ばれてゆきます。

*扇状地:川が山地から平地に流れでるとき、流れが急にゆるやかになって、土砂をつみかさねてつくった扇状の緩傾斜地のこと。

第5場面。川のながれのようなゆったりとした暮らしが見られる。

第6場面は

川がゆっくりと流れながら、ゆたかな水田地帯と沼沢地(しょうたくち)を形づくっているところです。
水稲の生育には水が必要です。そのため水路や水門などの施設と人力・機械による灌漑(かんがい)が、農家の協力や工夫によりおこなわれています。

また川がうねりながら流れると、流れのあたる岸はしだいにけずりとられ、反対岸にはそれらの土砂がつもってゆくため、そのうねりはますますひどくなります。そして洪水などで川筋が変わると、もとの湾曲(わんきょく)部は三日月(みかづき)湖や沼となって残され、水鳥や魚や水草の多い湿地帯をつくります。

第7場面は

ひろい川原をともなって川幅がさらにひろくなって流れている所です。こういう所はいたって浅く、そのため一度大水になると氾濫することが多いものです。ですから水勢を弱めるための防護林や、長いかごに石をつめた蛇籠(じゃかご)やコンクリートの堤防による水制護岸工事が施され、一方では堆積した川底をふかくし、ほり出した砂礫を建設材として利用する砂利取場が見うけられます。

対岸の広漠地は 牧草地と温室栽培地として利用され、そこに働く人たちと遠足のこどもたちがみえています。

第8場面は

川沿いの緑地帯です。都会の騒音やよごれた空気をさけて、新鮮な外光と緑気を浴びることは、健康な心身のために、この上ないレクレーションとなるでしょう。俗悪な施設や過当な競争によって、このような貴重な地域を次々と失わせることなく、大切に保存活用してゆきたいものです。

第9場面は

川がいよいよ大きな都市の周辺に近づいてきた所です。コンクリート住宅の団地群と、そこと都心部を結ぶ郊外電車、そして第4場面の取入口から暗渠*の水路で送られた水が、浄水場で飲用水となり、都会地の各家庭に送られます。

また第3場面のダムで発電された電気が、送電線を通って変電所に送られてきました。ここで電圧をさげ、工場や家庭へ送られてゆきます。

都市を水害からまもるためと工業用水路として、堰(せき)*とそれに対応する放水路が、大きな湾曲部に設けられ、おおきくのびた川洲はゴルフ場となって利用されています。

*暗渠: 道路・運河・鉄道・軌道の下を水をとすためのおおいをした水路や、排水などのために地下に設けた溝。

*堰: 水をせきとめたり水のながれを調節するために、水路中または流出口につくった建造物で、水はこの上を越して流れる。


折り込み付録(1962年)より

1962年福音館書店「こどものとも」7月号として刊行された「かわ」には折り込み付録があり、編集部の以下のような解説(最後の段落)につづき著者の詳細な解説がありました。長いものですので3回に分けてご紹介いたします。

今回は3回め、第10場面から最後の第13場面までの解説とこの絵本製作にこめた著者の意図、そして2016年7月1日の第83刷より変更となった文章についての著者のよる言葉を掲載します。

表紙・第1場面から第4場面に関しては、絵本「かわ」について-1-を、第5場面から第9場面については、絵本「かわ」について-2-をお読みください。

第10場面は

都市外辺部です。測候所、美術館、水泳場、野球場、遊園地、学校、図書館、病院などの文化的社会的設備機関の間を、川はゆったりとながれています。上流で美しかった水も長い行路の間に次第ににごり、特に都会地では排水汚水が流れこむため、急激に汚れ、泥がたまります。そうした川底をさらう浚渫船(しゅんせつせん)が動いています。

手前にあるのは水といっしょに泥をポンプでくみ上げるもので、海浜の埋立などによくつかわれる方法です。今、潜水夫が川底の様子を調べています。向こう側のは、バケットで泥をすくいあげる方式のもので、すくいあげた泥は他の船につんで運びます。

第11場面は

この川の下流に発達した都市の中心地区です。川はふるくから輸送運搬路として利用されてきました。そのため大きな川の下流附近は、それら物資の集散地として栄え、近代の都市の礎となりました。

中央駅を中心に、放射線状にのびた道路と、官公署・会社・事務所商業地のビルがならぶ街、それらの間を流れるかわには、いろんな材質・形状・機能をもったはしがかかっています。この絵本でも、この場面にいたるまで、どんな橋がこの川にかかっていたか、また皆さん方の近くにはどんな橋がかかっているのかをしらべてみてください。

川に通ずる運河をへだてて、手前は卸売市場や問屋・倉庫のならぶ地域となっています。

第12場面は

河口一帯にひろがった臨港埋立地です。大きな船が横づけ出来ることや、種々の立地条件から、大小の工場がたちならぶ大工業地域として発展する場合が多いところです。

遠くにみえる商業港と飛行場をひかえた対岸は、左手から球形タンクや精溜塔(せいりゅうとう)*が林立する石油精製工場、高圧管や反応装置のみえる化学工場、高い鎔鉱炉がそびえる製鉄工場、そして石炭と重油による火力発電所がならび、それぞれ製品や副産物を供給試合、関連を保ちながら活気ある生産をおこなっています。これらの工場へ原料をはこび製品を積出す船や貨車が、忙しく往来しています。

こちら側は、大きな乾ドックのある造船所です。いくつものクレーンで、器材がはこばれ、大きな船がつくられてゆきます。その左手に立っているのは、積荷の保管と処理に当る大きな倉庫です。

*精溜塔:特に高い純度蒸留物つくるための設備。

第13場面は

さまざまなものをとかし、ながして長い旅をおえた川が、ひろびろとした海原へ連っている所で、この絵本もそこで終わっています。

以上のように、私たちの生活に身近な川のさまざま形状・機能・生態といったものを、観察絵本にまとめてみたわけですが、製作にあたっては、

① 単なる個々断片の羅列や集合ではなく、その事象のもつ目的や意義と、それがもたらす効果と影響を充分認識した上で、地形の連続性と社会の有機性と、それに絵巻物がもつ流動性のおりなすあやとして結品させたいーーー

② その内容や表現は、今おかれている日本の現実や庶民の生活実体から遊離したものではなく、そこに立脚し、そこに基盤をおく態度をくずさずに、だからこそ未来への確信と希望に裏づけられる夢と理想像を兼備した描写をしたいーーー

③しかも、あの「科学もの」とよばれる出版物の有する乾燥したあじけなさを排し、健康な笑いや喜び、豊かな自然のもつ詩情とともに、人間味をもって働きかけてくるようなうるおいのある展開をしたいーーー
ーーーそんな意図と抱負をこの絵本に託したつもりです。しかし私自身の非力のため充分えがききれていない諸点は、ご両親や先生方の適切な指導助言によって、補っていただけるならたいへん幸いです。

[文章変更にあたって]

この本は1962年月刊絵本として出版、その後単行本として、現在まで83刷を重ねてまいりました。一重に読者にご支援の賜物と感謝いたしておる所です。原稿製作当時、敗戦戦災の余燼(よじん)の中の復興活動の為、公害環境悪化 河川汚濁状況であった為、24頁にその点を文章として記載しましたが、半世紀後の現在、官公機関、生産企業の努力、市民公共環境意識等の結果、日本の「かわ」は本来の姿となったので除去して頂きました。どうぞ従来通りのご愛読をお願いしてご挨拶といたします。

2016年7月 加古里子

上は2016年7月83刷の24頁。
「まちの ごみや きたない みずが ながれこんで、
かわは すっかり よごれてしまいました」の一文をとりました。

この事に関しては2016年8月16日、日本経済新聞ウェブニュースの記事「帰ってきた清流 現実が絵本に追いつく」で加古が語っております。以下をご覧ください。

http://www.nikkei.com/article/DGXMZO05985770S6A810C1000000/

折り込み付録(1962年)より

1962年福音館書店「こどものとも」7月号として刊行された「かわ」には折り込み付録があり、編集部の以下のような解説(最後の段落)につづき著者の詳細な解説がありました。長いものですので3回に分けてご紹介いたします。

この絵本では、できるだけくわしく"かわ"の生態が画面にかきこまれています。しかし文章のほうは、絵の細部までを、1つ1つ説明してはいません。それを詳細に説明することは、幼い人たちをかえって混乱させ、わずらわしくさせるだろうと考えました。しかし半面、知的な好奇心にみちている彼らは、あるいは本文の説明だけでは満足しないでしょう。そんなとき、もうすこしくわしく説明してあげられるように、画面の詳細な解説を作者にしていただきました。(編集部)

絵本"かわ"について -1- 加古里子

この絵本を読まれる際の手引きとして、各場面の補足的な説明をのべさせていただきます。

表紙には

この絵本の総まとめの意味で、全場面を一連の地図として示しました。第1場面から第6場面にいたる地域が裏表紙に、第7場面以下第13場面を表の方に配置しました。

絵本の中で、13に分けられたそれぞれの場面が、どんなふうに連続し、関連し合っているか、首軸である川がどのような流れと曲折をへているか、また同時に地図ではどんな記号がどれをあらわしているかを絵さがしのように、各場面と対照しながら、おとなの方も子どもさんといっしょにみていただけたらとおもいます。

「かわ」裏表紙。この地図の等高線も加古が描いた。

第1場面は

河川のはじまり、水源の様子です。所によっては、湧水とか涸谷(かれだに)*が水源地となっている所がありますが、ここでは、3000m級の高山地帯にしました。雲や霧がもたらした氷雪や雨露が、集まって小さな流れとなる過程に気をつけてください。はい松*やらいちょう*、高山植物といった風物、登山者の服装備品なども、かきこんでみました。

*涸谷:乾燥気候の地方にあり水の流れていない谷。急雨のあるときにだけ流れる。(著者による簡単な説明。以下同様)

*はいまつ:地をはっているような形のまつ。本州の中北部の高山や北海道北部・千島などの風雨の激しい所にはえている。

*らいちょう:日本アルプスや立山(たてやま)などの高山帯にすむ鳥。夏は茶色、冬は白色になる。天然記念物に指定されている。

第1場面、左端。登山者たち。

第2場面は

高山からの流れと、湖から滝となって流れ出た水流とが合して、深い山と山との間、いわゆるV字谷を走るありさまです。

左手遠く噴煙をあげる活火山、火山のすりばち形のくぼみにできたカルデラ湖、そしてロープウェイなどのある温泉観光施設など、火山地帯の状況が見られます。

右手前の尾根には、地形測量に従事している人がいます。航空写真による測量法が発達した今日でも、最終的な決定のためには、こうした地味な苦労が続けられているのです。

中央の樹林におおわれた山頂には、無線の中継塔が立っています。送られた電波が距離や地形で弱まったり阻害されるのを、こうした施設装置によって防ぎ、全国へのテレビ網や通信が確保されているのです。

第3場面には

ダムとそれにつづく森林地帯があらわれています。
地形をえらんで設置されたダム(この絵ではアーチダム)*は、単に発電ばかりではなく、洪水・渇水(かっすい)防止や灌漑(かんがい)、養魚など多くの目的につかわれますが、ここでは水力による発電を目的にしたダムです。その電力を遠い消費地に送る高圧送電線が、発電所から出ています。ダム開発のときにつくられた輸送路を、遊覧バスが走っています。

右手は、山の傾斜面を利用した植林・造林地帯で、杉を主とした国有林を示しました。斧や、手引鋸・機械鋸によって伐採された木材は、索道*やそりや、軌道、所によっては筏(いかだ)にくまれて集材所へ運ばれてゆきます。

*アーチダム:貯水による水圧を堤体のアーチによってささえる形式のダム。材料はコンクリート。

*索道:空中ケーブル式に、材木やときには人を運搬する設備。

第4場面には

川が山地を脱する前に両岸がきりたった岸壁となっています。集まった水はしだいに量をまし、かたい岩を侵食(しんしょく)*し、できた砂礫(されき)は水の勢いとともに押し流されます。

流れの下手に都市の飲料水用の取入口がみえ、水門のそばの管理所では、常に水質・水量を監視して、上水の確保につとめています。

*侵食:川や海の水が地盤を掘り削って溝や谷をつくり、山をくずしたりする作用。

オリンピックで様々な競技を目にする機会が多くありますが、運動の基本である、はしることについての絵本をご紹介いたします。

1986年評論社より刊行された「じょうずになろうシリーズ」は全部で5巻。およぐこと、とぶこと、なげること、はしること、けることについて、その分野の専門家の解説を補うように、かこさとしの絵図がふんだんに盛り込まれ、小さなおこさんから高校生・大人まで、段階にわけて練習方法や注意点が細かく説明されています。

上の場面は、走ることの発達について、走り始める頃から中学生の頃まで、を図解しています。その前のページでは、サルの歩き方が人間とはどう異なるのか、また後ろのページでは動物の走る速さと足跡を示しています。

遊びと走ることの密接な関係は、以下の場面にある通りです。

巻末には監修者でオリンピックコーチである専門家による解説ページもあり、基本のきを学び、即、役に立てられる絵本です。

監修 宮下充正
え 加古里子
ぶん 武藤芳照
八田秀雄


2016/08/29

帽子

だるまちゃんがてんぐちゃんに出会って気になったものの一つがてんぐちゃんの帽子。
だるまちゃんがてんじんちゃんや、やまんめちゃんに出会ったときには、野球帽をかぶっていました。

帽子は大切な頭を守るのでかこさとしは小さい時から愛用しています。雪国育ちですから、当ウェブサイト・プロフィール写真にある、2歳にならない頃、かぶっているのは母親手編みの毛糸帽です。

夏は日射病(と昭和時代は言っていました)予防に帽子をかぶりましょうと、学校でも勧めたものです。夏休みは麦わら帽子にランニングシャツ、半ズボンが男の子の虫取りスタイルでした。

上は「こどもの行事 しぜんと生活 7月の巻」(小峰書店)の第1ページ。この本の23ページには「ぼうしをかぶりましょう」という項目があり、下のイラストにあるような新聞紙を折って作る帽子の製作手順を図解して説明しています。

加古の帽子は、趣味ではなく、理にかなった安全策と思っていただいて間違いありません。若い頃に働いていた化学工場ではもちろん作業服に作業帽子が毎日の服装でした。

「未来のだるまちゃんへ」(2014年文芸春秋社)の冒頭には、加古は目が悪く家の中でもあちらこちらにぶつかるので帽子をかぶっている、とありますが、朝箒の時はピケ帽。当然外出にも帽子が欠かせず、もっぱらハンチング。長身、がっちり体型だった若い頃は刑事さんに間違えられそうになったこともあったそうです。

そんな著者ですから登場人物も帽子をかぶって出かけることが多くなります。加古ファンの中には、そのことをお見通しでご紹介くださっている方がいらっしゃるほどです。

「いっちく だっちく あひるのさんぽ」(偕成社 1984年 かこさとし七色のおはなしえほん①)は、あひるのお母さんがたくさんのヒヨコをつれてお散歩に行くのですが、ヒヨコたちはみーんな帽子をかぶっています。

途中で出会った風船売りのおじさんも帽子をかぶっています。この風船で事件が起こるのですが・・・
あとがきには次のようにあります。

(引用始め)
はじめこの<おはなし>を口演童話として発表したところ「勇気と知恵があるのがいい」とか「感謝の心が大切なことを教えている」とか、いろいろ批評をいただきました。

しかし、作者のひそかな意図は「戸外にゆく時、子どもは帽子をかぶりましょう、帽子を忘れないように」ということでした。

帽子なんかをなぜ? といえば大事な頭を守るためで、なぜ頭が?と考えれば、自分の体は自分で気をつけるのが一番で、自分だけで?となれば当然ほかの人にも同じようにと、親も子も思いを及ぼしていただけると思ったからです。

よくばりの私は、もうひとつ、帽子はかぶったままなのか、どんな時脱いだりとったりするのか、しなければならないのかを、子ども自身が考えれるようになってほしいと願いました。

そんな思いと願いをあひるちゃんに託したのです。
(引用終わり)

上の絵は、「とこちゃんはどこ」(1970年福音館書店)の一場面です。とこちゃんは赤い帽子が目印ですね。絵本の中の登場人物がどんな帽子をかぶっているのか注目して見るのも楽しいのではないでしょうか。

最後に蛇足で、帽子にまつわる加古流のあそびをご覧下さい。農文協あそびの大惑星5「いっすんぼうしのぼうしたち」というコーナー、13ページからです。

かこさとしは、カラスが大好きと言われていますが、絵本の中ではスズメも大切な役回りをしています。

スズメに田んぼの大切な稲を食べられてしまったら大変なので、カカシや鳴子が必要だったわけです。京都・伏見稲荷の門前にスズメ焼きが空高くズラリと並べられ売られていたのを目にしたのは筆者が10歳になろうかという時でした。ちょうどその頃に「だるまちゃんとてんぐちゃん」(1967年福音館書店)が世に出ました。

10歳ともなればそろそろ絵本は卒業、もっと字がいっぱいある本だって読めるんだと挑戦したくなる年頃です。そんなこともあってか、残念ながら、だるまちゃんの世界にどっぷり入り込んだ覚えがありません。だるまどんが作るお餅の鼻が、うまくつくのかは心配でしたが、スズメのお米好きは伏見稲荷での生々しい光景のおかげですっかり承知していましたので、スズメがお餅の鼻にとまるのも当然と納得していました。

数々のうちわの場面では、「このうちわ、うちにもある!」「あれも描いたのー?」などと自宅にあるものが絵本に登場するのを楽しんでいましたし、ヤツデの木も植わっていましたから、なるほどなるほどと現実と絵本の世界を行き来していました。それが、ごく最近、加古が言った半世紀前の言葉が突然、唐突に蘇ってきたのです。窓から外を見ていた子どもの私に向かって「スズメのほっぺには黒いヒゲみたいなのがあるでしょ」

今一度絵本を見て愕然。全く見過ごしていました。スズメにはだるまちゃんと同じようなヒゲがある!

そうか!!
このヒゲがあるからだるまちゃんの鼻にとまるのは、ちょうちょではなくスズメ。お米が好きだからスズメと思っていたけれど、きっと加古は幼い時の観察でヒゲのようなスズメの黒いほっぺが面白くて、大人になってからも、いつか、どこかで使おうと思っていたに違いありません。

スズメ起用に二重の意味が込められていたことを発見するのに50年近くもかかってしまった私。もしあと2-3年早くだるまちゃんに出会っていたらその時に見つけていたかもしれない、スズメのヒゲ。見たつもりになっていたけれど、見落とし、気にもとめなかったこんな小さなことを大人になって発見するとは・・・失ってしまった感受性を今更嘆くのはなんと情けないことか。ああ、それにしてもスズメのほっぺ。