『からすのパンやさん』(1973年 偕成社)
今更あとがきをご紹介するまでもないかもしれませんが、「だるまちゃん」と共にかこさとしの代名詞となっている本作のあとがきを記します。ちょうど今から45年前に書かれたものです。
あとがき かこさとし
(引用はじめ)
私は今までに、烏を主題にした作品をいくつか作ってきました。その中で、この話の底本になったのは、1951年3月、私の先輩にあたる方の結婚のお祝いにまとめた手作りの絵本で、その後の子ども会の中で仕上げられていったものです。「からすのおはなし」「からすの紙芝居」として喜んでもらってきた二十数年の間、この作品に関して、わたし一人の胸の中に秘めてきたことがあります。こんど本になってさらに多くの方々に見てもらえるようになった機会に、そのことーーーつまり、大きな影響と示唆を与えられたもう一つの芸術作品について述べたいと思います。
舞踊に関心をお持ちの方なら、きっと知っておられると思いますが、ロシアに、モイセーエフ舞踏団というのがあります。数多くの上演内容と伝統をもつ、優れた舞踏団ですが、その演目のひとつに組曲「パルチザン」と言うのがあります。長途につかれ馬上に眠りながらの行進、索敵、斥候、待ちぶせ、銃撃戦、味方の負傷、突撃、勝利、そしてまた次の敵を求めて荒野に消えていくパルチザンの情景が、詩情豊かに息もつかせぬ民族舞踊でつづられた作品でした。私はそのみごとな内容に、芸術的な香気にうたいあげたすばらしい演出よりも、そこに登場する兵士・農民・労働者・老若男女の一人ひとりの人物描写が、こころにくいまでに人間的なふくらみとこまかさで舞踏的にえがきつくされていることに、ひどく心をうたれました。
個々の生きた人物描写と全体への総合化の大事なことを、私はモイセーエフから学び、さて、からすのの一羽一羽に試みてみたのがこの作品です。どうかそんなわけですので、もう一度カラスたちの表情を見て笑ってください。
(引用おわり)
本文は縦書きで、ほとんどの漢字にふりがながありますが、ここでは省略しています。
かこさとしの展示会では、必ずこの作品のどこかの場面が展示されますが、表紙、裏表紙、扉、そして見返しを含めた全点が展示されたことは今までにありません。2018年1月27日から2月6日まで開催の「たかさき絵本フェスティバル」では初めてこれら全てをご覧頂けます。また、数点ですが下絵も展示いたします。本とは違い文字のない画面でじっくり、からすの個性あふれる表情をお楽しみください。