編集室より

『ならの大仏さま』(3)

投稿日時 2019/06/03

『ならの大仏さま』(2006年復刊ドットコム)のあとがきもこれで最終回です。長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。(上は、本書より東大寺南大門)

はっきり簡明に書く

(引用はじめ)
最後の第三の点は、「はっきり簡明に書こう」と努めたことです。そのきっかけは、偶然ある小学校を訪れた時、子供たちの「東大寺を作ったのは聖武天皇か、大工さんか」というクイズを耳にしたからです。前者といえば後者がいなければできるぬといい、後者といえば、歴史で習ったじゃないかと笑うイジ悪クイズですが、後でこれは有名な参考書にある「東大寺を建てたのは誰か(A)聖武天皇(B)百済からの帰化人」のモジリであることを知りました。

大仏の建立者が誰かを簡単に覚えさせようと、二者択一の方法で追い込めば、こうしたクイズまがいの知識となり、それが「学力」として横行することとなります。そうした単純化や簡易化ではなく、あいまいさや誤解を除き、確かなことをはっきりと明らかに記述したいと心掛けました。

従来どういうわけか子供向けの歴史の本や伝記は「はっきり」書くため、人物なり事件なりを善悪良否で画然と区分し、それを示す場合にも過剰な修飾や偏った独断が多かったように思います。大仏に関する本でも、英雄談と偉人伝が積み重なり、大仏が無事に残ったのはアメリカ軍の爆撃から古都をはずす進言をした某博士の尽力によるという「作られた美談」や「あやしげな奇談珍話」によって綴られていました。

そうした小話でなく、もっと私たちに関係する大事なことを、「はっきり」させたいと思いました。弱い一面を持った人間が強い意志と行動を示すに至ったことや、多くの功績に輝き、富や権力を持った人が滅んでいく様を「明らかに」のべ、私たちが今考えなければならぬことを学びたいと思いました。

しかし1000年以上にわたる長い経過と、主要記載人物が73人、画面(原画)登場3000人が入り乱れる様子を、繁雑で明快でないと思われる読者もおありのことでしょう。ほぼ最後の1年間を、原稿の圧縮と簡潔化に費やして描き及ばぬ私の非才を恥ずるところですが、p76〜77に示したごとく、実体はもっと複雑錯綜しており、その複雑な迷路の中に真実が存しているということです。

したがって前述のクイズのように、どうしても短い答えが必要なら「人間が造った、造ってきた」というのが、最もはっきりと、明快な、そして誤りのない返事となると言うことです。
(引用おわり)

上は、最終ページにある創建時、再建時、現在の大仏殿の大きさと修理を示す図。右下に描かれた小さな人により、その大きさがわかる。

お礼と報告

(引用はじめ)
以上の三項を旨としながら、5年間諸先達の著作・資料・ 論文を参考にさせていただき、関係の地を幾度か訪問彷徨したあげく、ようやくまとめることができたのがこの本です。

記述した内容は、私なりの検証を行ったものの、前記の諸先生方の学恩に負うところが多く、準拠した文献や出典出所を詳記すべきところですが、紙面の都合で略させていただきました。人物の風貌は、複数の資料より復元し、光明皇后(p11 )や広嗣(p14)のごとく全くないものは、口承口伝により再構成しました。

一方p77の大仏殿建築費は、単純な換算では経済生活基準の差が大きくひびいて実態とは合わぬ点を、昭和55年労働人件費を基準にして逐次算出し、その値が妥当か否かを復元建築図より各材料費・工賃を積算し、対比検証したもので、従来知られたものより実体に近い値でないかと考え提示いたしました。
狭い私の書斎と作業室を埋め尽くしていた資料の山を、ようやく整理できるようになった今、それらの筆者に感謝するとともに

青木和夫(お茶の水女子大学) 杉山二郎 (東京国立博物館)
故・前田泰次(東京芸術大学) 香取忠彦(東京国立博物館)
松山鉄夫(三重大学) 奥田英男(奈良国立文化財研究所)
馬場宏二(東京大学) 久保田穣(建設技術研究所)
上司永慶(東大寺) 山崎佳久(建設技術研究所)
堀池春峰(東大寺) 八木悠久夫(清水建設)
平岡昇(東大寺図書館) 吉田不二夫(鹿島建設)
新藤佐保里(東大寺図書館) 大沢弘(綜合設計社)
渓 逸郎(信楽法蔵寺)

の諸氏から専門的なご教示と、ご懇篤なお計らいを得たことを報告いたします。

本書は1985年の発刊以来、多くの読者特に小・中学生の方から、種々の質問や意見をいただきました。中でも教科書に載っている数字や建設法との違いについてのものが多かったのですが、訂正されないままの出版社の反省を求めたいところです。また大仏建立について、本書で述べた方法が、専門誌等で次第に認められてきている状況です。一方「大仏を爆撃から守ったアメリカの学者」という誤伝が、今なお横行していますが、その元となったのはねつ造新聞記事なので、そうした偽や誤に惑わされず、正しい事実による科学の知識を備えていただきたいと改めて念じます。
(引用おわり)