編集室より

この本が出版された1971年当時には、どこの家庭にもたくさんあった輪ゴム。前扉の絵(下)にあるように女の子たちはこれをつなげてゴム跳び遊びに熱中しました。ゴムについてのこの本の折り込み付録に掲載された、かさとしの文「ふしぎな素材をテーマに」を2回に分けてご紹介します。

「ふしぎな素材」をテーマに 加古里子

のびたり、ちぢんだり

私たちの身のまわりには、いろいろの物質がとりまいています。石や木、水や空気、プラスチックや金属ーそうした個体や気体や液体の様々な物体の中で、ゴムという物質は非常に特殊な、特別な性質を持っています。

ゴムは、少し力をいれてひっぱると、もとの何倍にも伸び、力をとると、もどにもどります。この弾性と言う性質を、ほとんど、すべての個体は小さいながら持っているのですが、ゴムほど大きな弾性を示すものはありません。そのため、科学者たちは、この特異なゴムの性質を特に「ゴム弾性」とよんで、区別しています。

子どもたちはゴムのパチンコや、ゴムひもとびや、ゴムでっぽう、さては、「ゴム」と称するあやとりの種目からわかるように、ゴムを、のびたりちちんだりするものとして、しっかりその性質をつかんでいます。科学者が「ゴム弾性」として区別していることと全く一致しているのです。

この、子どもたちがはっきり知っている性質が、ゴムという物質の一番重要な本質と結びついているーーこういうすばらしい例を、「かがくのとも」の題材とするのにふさわしいのではないだろうかーーと考えたのが、このゴムを取り上げた第1の理由です。

いろいろな所に使われている

第2の理由は、私たちの身のまわりや世の中に、ゴムが意外に多く、いろいろな所に使われているということです。水道のパッキングや自動車などのクッション材として、ひっそりと目立たない形で重要な役割をはたしています。それは、ゴムが、第1番目の弾性という性質のほかに、第2番目以下の性質を、いろいろ持っているからで、そのため更に多くの用途に使われていることとなったのです。しかし反面、この第2番目以下の性質は、ゴムだけが持っている特性ではありません。プラスチックとか、合成繊維とか、金属なども、同じような性質を持っています。ですから、当然これらと競い合ったり、おきかえられたり、まぜて使われたりすることとなります。

ここで、ゴムという物質を、はっきり、よく知るためには、性質が似た他の物質と比較したり、選んだり、見きわめたりすることが必要となってきます。よく観察したり、考えたりすることが必要ということーーこれが、ゴムを、「かがくのとも」の題材として選ばせた第2の理由です。

今なお、未開のなぞを持つ

第3の理由は、ゴムは、初め天然にはえた野生の植物からつくられましたが、それが人工的に栽培されるようになり、やがて化学工業の製品として合成されるようになりました。その間、ゴムという物質の化学組織や構造の解明に多くのすぐれた科学者や技術者の研究が行われましたが、今なお、天然ゴムには、すぐれた特長と未開なぞが秘められています。

しかも、そのゴムのたどってきた道は、各国の政治や外交、戦争や経済のちなまぐさい歴史にいろどられています。たとえば、アマゾンの野生のゴムの種子を密輸し、マレー地方にゴム園を育てたイギリスの植民地政策、合成ゴムの成功を誇らかに党大会で発表したナチス、賞金つきでゴムの木以外のゴム植物を探し出したアメリカとソビエト、グッドイヤー・ダンロップ、デュポン等、ゴム工業にその名をひびかせている巨大な世界企業をぬきに、ゴムのことは考えられません。

すなわち、ゴムというものは、自然科学の題材として適当であるばかりでなく、同時に、社会科学の対象としても取りあげるにふさわしい性格を持っていると言うことです。

このように、考究に値する大きな題材に、興味と関心を持っていただく1つのきっかけとしたいーというのが、「かがくのとも」に取り上げた第3の理由です。