編集室より

『矢村のヤ助』(2014年特別版)

投稿日時 2022/07/25

あとがき

この作の源は、山国に伝わる鳥獣婚姻話の一つを1955年、当時流布していた「鶴女房話」にあきたらなかった私が、当時かかわっていた子ども会で話したのが始まりです。鶴は往時から上品高な鳥の代表で、裏切りで別れる女性と金に目がくらんだ男の題材は子供には不適で、庶民的な山鳥と前向きに生きようとする男女の姿の方が、子供たちにふさわしいと思ったからです。

それまでの絵画指導や紙芝居の私の活動と異なり、素話の形で終えた時、2人のおてんばから「山鳥さん返して」と泣かれたことと、後に東大教育学部教授となった仲間のエス君が「お話もやるんですネ」とめずらしくおセジをいってくれたことが、印象として残っています。

その後1978年、偕成社から語り絵本シリーズの1冊として出版、さらに1994年、上障害児福祉財団から音楽CD付紙芝居として、全国の施設に送られました。

野人門外漢である私が、今日まで子ども関係のお手伝いを続けられたのは、前述の子どもたちや同じ志の友人同僚、そして出版、福祉の専門家の方々の励ましやご援助の賜物なので、老骨米寿の期に、報恩感謝の微意をこめ、前述紙芝居を基底にこの絵本を製作致しました。印刷出版の実務に関しては関しては偕成社の御許しと御力を得て、全国公共図書館に贈らせていただき、全国の皆様への挨拶とする次第です。
(本文は縦書きです)

上記にあるようにこの本は全国の公立図書館への寄贈を目的として、かこの米寿記念に出版されたものです。図書館でお読みいただければ幸いです。この紙芝居のあらすじや解説は『かこさとしと紙芝居 創作の原点』(2021年童心社)や『かこさとし 子どもたちに伝えたかったこと』(2022年平凡社 )にありますが、現在Bunkamuraに開催中の「かこさとし展」で原画を展示中です。1枚だけですが、「ヤ助」とばれる理由がわかる迫力のある絵を是非ご鑑賞ください。