編集室より

『この本読んで!2018年冬号』の特集〈かこさとしの贈りもの〉で「どうしても伝えておかなければと書き続けた作品もあります」とお伝えしました。それは一体どんなことかといえば、311であったり太平洋戦争のことなのですが、他にも理不尽な苦しみに耐えて暮らしてきた先人たちに加古は思いを寄せていました。

20代30代の頃に研究した日本各地に伝わる昔話には、正面きって口にすることができなかった人々の苦しみや思い、願いが込められていて、それを汲んで加古は創作昔話として作品にしています。

「かこさとし語り絵本5」として『青いヌプキナの沼』(1980年偕成社)が出版された当時、人種問題は遠い国の話で無縁のことのように思っていたように記憶しています。しかし加古はアイヌや琉球の人々のことをずっと以前から見つめていました。残念ながら本作は絶版になっていますが、あとがきに記された加古の思いをお伝えしたく掲載します。

あとがき

(引用はじめ)
同じ人間でありながら、肌の色や風習が違うというだけで、地球上では、いまだに争いや憎しみが絶えません。しかもそれは、中近東やアフリカの例に見るように、人間の心を救うはずの宗教がさらに対立を激しくさせていたり、インディアンや黒人問題にみるように、文明や開発の名のもとに非道なことが行われてきました。そしてそれらの事は何も遠い国の古い事件ではなく、この日本でも起こっていたし、今なお形を変えておこなわれていることに気づきます。

強大な武器や圧倒的な経済力、悪どい策略によって、勝者は輝かしい歴史を書き上げます。しかし、反対にそれによって奪い取られ、追いはらわれ、閉じ込められた側には、わずかな口伝えしか残りません。そうした小さな伝説や名残の中から、ふと耳にした白いヌプキナ(すずらん)の花の物語は、涙のつらなりのように私には思えました。汚れた栄光で見失ってはならないものを、埋もれてはならないものを、この国の中で、この国の子供たちに知ってほしいと思ってまとめたのが、このお話です。
かこ さとし
(引用おわり)
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