こぼれ話

昨夜の月食、しばしの天体ショーは幻想的でした。この写真はかこの書斎前で撮影しました。

科学絵本でご紹介する月ではなく、思わずにっこりしてしまう月が描かれているのが、2022年12月号コドモエで紹介された『うさぎのパンやさんのいちにち』です。 

この物語はパンやさんを舞台に朝早くから夜遅くまで、パンの製造・販売とその準備や後片付けなどの様子が手にとるようにわかり、小さなお子さんが流通について知るきっかけにもなります。

その上、かわいいうさぎさんたちが大勢登場、世界各地のパンが驚くほどたくさん並び、見ているだけで嬉しくなって口元がゆるみます。

忙しい一日を終えたパンやさん、外には月が出ています。
よーく見るとお餅つきではなく、パンを持っています。

お店の外の夜空には、これまた愉快な美味しそうな星がまたたいているのでした。

年々、クリスマスケーキやおせち料理の予約時期が早くなるような気がします。
急かされるような気持ちと年に一度の嬉しい季節を想像する楽しみが入り混じります。

2023年は卯年ということで『だるまちゃんとうさぎちゃん』(1972年福音館書店)が大活躍しそうな予感。

一昨年の発売から大好評の卓上カレンダーには『だるまちゃんとうさぎちゃん』のかわいい絵、そして裏面には、『かこさとし あそびずかん』(全4巻・小峰書店)から楽しい遊びの紹介もあります。

郵便局の年賀状にも登場しています。以下でどうぞ。

郵便局 年賀状

年賀状

『からすのパンやさん』一家ファミリーカレンダーももちろんあります!

毎日5つの欄があってご家族5人分の予定が書き込めるようになっています。ペットの予定も入れたり、お一人で5つの欄を時間帯ごとに区切って使われたり、あるいはお仕事、趣味など項目別に使われたりとスペースを活かした使い方ができ、毎年好評です。

『かこさとし 子どもたちに伝えたかったこと』(2022年平凡社)などでご紹介している、かことミロのビーナス像の写真。当時かこは高校生で、このミロのビーナス像は現在でも成蹊学園史料館にあるそうです。

成蹊学園サステナビリティ教育研究センター・リレーコラム(第37回)で「加古里子さんとミロのビーナス」と題して、そのビーナス像とかこについて詳しく紹介されました。

上の写真の左側緑色のものは大学生の時、かこがミロのビーナスを版画にして刷ったもので、群馬県立館林美術館で開催中の「かこさとしの世界」展で展示しています。また、『すばらしい彫刻』(1989年偕成社・下)の制作のための下絵・資料も同展示会でご覧いただけます。

リレーコラムは以下でどうぞ。

かこさとしとミロのビーナス

2022/10/03

虫干し・曝書

空気が乾いてきて爽やかなこの季節、こんな晴天は虫干しにピッタリです。

写真をよーくご覧いただくとトンボが電線に止まっていて、まさに虫干し!?

虫干しとは本来、着物や本などをカビやムシから守るために空気に曝すこと。図書館などでは殺菌消毒の装置がありますが、高温多湿の日本では昔から風通しの良い日陰で昼間の時間に行います。

曝書(ばくしょ)は夏の季語だそうですが、暑くもなく寒くもない今頃は本だけでなく人間も気持ちの良い空気の中で過ごしたいと思います。

さて、写真の赤トンボはわずかしか写っていませんが、実はたくさんが群れ飛んでいて『とんぼのうんどうかい』さながらの様子に、平和な秋をしみじみ感じるひとときでした。

この3冊に共通するのはいずれも世界遺産に登録されているものをテーマにしている点です。ピラミッドは1979年、万里の長城は1987年、奈良の大仏は1998年に世界文化遺産に認定されましたが、かこは世界遺産だからという理由だけで取り上げたのではありません。

地球誕生から始まる『万里の長城』(2011年福音館書店)には壮大な人間の歴史が写しだされていますし、20代の頃から興味を持ち人形劇の脚本を書いたピラミッドについては歴史のみならず建設の技法にも触れ日本科学読物賞を受賞しました。

特に『ならの大仏さま』(1985年福音館・後に復刊ドットコム)は世界遺産認定のずっと以前から研究しその建立にまつわる人間模様、土木技術とそれに携わった人々の苦心にも言及。歴史、科学のみならず心や宗教ということをも含む総合的な視点からの科学絵本です。化学者としての塗金についての解説は土木学会誌に発表したほどの専門的な検証によるものです。

『太陽と光しょくばいものがたり』(2010年偕成社・下)の共著者でもあり光触媒の発見者である藤嶋昭先生による、この3冊とかことの思い出が「学士会会報」No956(最新号)随想「加古里子先生の世界遺産の本に感動して」として掲載されています。


かこさとしは中学生の頃からすでに俳句や短歌をつくっていたようです。『かこさとし 子どもたちに伝えたかったこと』(2022年平凡社)のコラム「15歳の短歌」では秋の景色を見事に詠んだ歌を掲載しています。

伝記『かこさとし 遊びと絵本で子どもの未来を』(2021年あかね書房)の著者でもある鈴木愛一郎による解説には「15歳の少年の季節感と文学的センスに驚かされると同時に、長らく未発表であったが昨年出版された『秋』(2021年講談社)という作品に描かれた題材が登場する点にも注目したい。」とあります。

高校の時に俳人の中村草田男先生に国語を教わったこともあり、本名の哲(さとし)から里子という俳号を自分で作り、これがのちのペンネームになりました。

手書きで、自ら美しく綴じた詩歌集や「眼鏡男の句」と書かれた古いノートが残されています。

ところで、この度開設した公式Twitter、皆様のおメガネにかなうよう発信して参りますのでお楽しみください。

かこが東京帝国大学に入学したのは1945(昭和20)年のことでした。その年の8月15日に終戦、疎開していた父親の郷里、三重県で玉音放送を聞き 9月から授業再開の報に一人東京に戻りました。

板橋にあった家は焦土と化し、大学の教授のツテで転々と居候をし、食べ物を探す日々。心身ともにさまようような学生生活が始まりました。そんな中、ふと目にした演劇研究会(劇研)の張り紙を見て引きつけられるようにして加わることになったのは翌年1946年のことだったそうです。

劇研で任されたのは舞台美術でしたが、かこは脚本にも興味があり公演に使われずとも書き溜めていました。「熟し柿と青い柿」と題するガリ版刷りの脚本(上)は、挿絵もかこによるもので1946年11月20日とあり、人間のように見える柿の木に赤と青の実がなっています。下の方には東京帝国大学演劇研究会の文字とペン、辞書、そして中央にはイチョウの葉と銀杏が描かれています。大学構内には火に強いといわれるイチョウの木が焼け残っていたようで、四季により樹の様子が変化する姿が学生たちの心の拠り所になっていたのかもしれません。

翌1947年、帝国大学改め東京大学となります。

持つと今にも崩れそうなほどに朽ちている一冊のノート(下)の表紙には、「演劇ノート
ー1947年に於ける文化運動日記ー中島哲」とペン書きされています。中島哲はかこの本名です。このノートに木下順二氏の似顔絵もあります。赤門近くに住われていた氏を劇研の面々が訪ね広角泡を飛ばし演劇談義にする中、かこはそれには加わらず後ろの方でスケッチをしていたと、笑いながら話しておりました。

そのノートの1947年4月19日のページには東大協同組合マーク案として番号が振られている1ー8案と番号なしのマークが1つ描かれています。2に「入選す」「構成的、意欲的をあらわす」とあります。このコメントは作画の意図をかこが記したものなのか、選ばれた理由としての評なのかは不明です。
またここにある8案を全て応募したのか、一人一案に限られていたのかは不明ですが、この8案全部を応募したのではないかと想像します。協という文字をデザイン化したものの他、イチョウの葉を添えた4つの案が目に止まります。

生協組合マークに続きかこは所属していた劇研のマークも考えています。 さまざまな案の中から決めたのはイチョウの葉と銀杏に劇の一文字。1947年12月13日の公演プログラム(下)にもこのマークがつけられています。

現在の東大生協のマークは東大のマークと同じものですが、1947年当時はかこデザインのマークが使われたようです。そして1947年には帝国大学から東京大学となったこともあり1948(昭和 23)年 6 月 8 日の評議会で新たなシンボルマーク、いわゆる銀杏バッジが制定されます。当時、東京大学第二工学部の星野昌一教授が作図したそうですが校章ではなかったようです。

ちなみに現在の黄色と淡青の2枚のイチョウ葉の組み合わせになったのは2004年。大学のイチョウは長きにわたり大学に集う人々のシンボル的存在であり今後もきっとそうであり続けるに違いありません。

校章だったり市町村のマークだったりシンボルとなるマークは多種多様です。ご自分専用のマークを持っていらっしゃる方もあるでしょうし、家紋や紋章もその一つと言えるかもしれません。ロゴマークもたくさん目にします。

かこ作品ではシリーズに共通マークをつけているものがあります。
かこさとしからだのほんシリーズ(童心社)ではご覧のようなものです。

『からすのパンやさん』や『どろぼうがっこう』でおなじみのおはなしのほんシリーズ(偕成社)のマークも笑顔です。


「だるまちゃん」シリーズ(福音館書店)のシンボルアイコンはもちろん、だるまちゃん。

かこはシンボルマークを作るのが得意というか好きでした。
川崎セツルメントのマークは緑の地色に白い星一つで、「自ら輝く星になれ」という意味を込めています。社会人になってまもなくの頃に通っていたプーク人形劇団の一つ星のマークのことは2020年6月18日に当サイト掲載の「こぼれ話」でご紹介した通りです。

シンボルマークといえば、2013年越前市に開館した、かこさとしふるさと絵本館のシンボルマークもかこのデザインに他なりません。絵本館の建物を型どった中に笑顔がたくさん並んで、そういう場所であって欲しいというかこの願いが伝わってきます。

絵本館の展示「衣」は7月11日までで、展示替えのため7月12日(火)から14(木)までは休館、「食」をテーマにした展示が7月15日(金)から始まります。

2022/06/13

じゃんけん

じゃんけんを知らない子どもはいない、と言っても言い過ぎではないくらい、じゃんけんは子ども時代の決め事には無くてはならないものです。そのじゃんけんの歴史、さまざまなじゃんけんに加え、じゃんけんを始める時にどんな言葉を使うのかを調べ、まとめられているのが『伝承遊び考』シリーズ最後の4巻『じゃんけん遊び考』(2008年小峰書店)です。

じゃんけんのはじめにかける掛け声自体も遊びの一部ととらえるかのように子どもたちは楽しみます。地域によって多種多様、その長さもまちまちで、こんなにも沢山あるのかと驚かざるをえません。時代の影響をうけ変遷していく様子も著されていますが、そこに収録されている多くは昭和そして一部は平成の時代の資料、実際に遊ばれていた記録に基づきます。

絵入りで紹介されている面白い例を一つだけご紹介しましょう。
「じゃんけん じゃのみち へびのみち どくじゃに かまれて ばったん きゅー」大変です!
他にも芋尽くし、下駄尽くし、アイスクリームやコンビニの名前が出てきたり時代を感じさせるものがいろいろあります。

さて令和の時代、どんなじゃんけんが子どもたちの間でされているかといえば、ふと耳にした「カレーライス」や「グリンピース」という掛け声で楽しそうにじゃんけんしている学校帰りの小学1ー2年生の姿に思わず、聞き耳をたててしまいました。

グーはグーから、チョキはチョーから、パーはパーから。子供達の大好きな「カレーライス」がじゃんけん開始の合言葉。筆者が幼い頃は、「じゃんけんぽん」といきなり始めましたが、その後テレビの影響で「最初はグー」。ずっとそのままだと思っていましたが、やはり進化していたことを知りに、なんだか嬉しくなってしまいました。皆さんの周囲では、じゃんけんのはじめの掛け声はどんな言葉ですか。

5月、薫風の季節ですがニュースに暗い気持ちになるこの頃です。

そんな中、元気な色の表紙に、満身の力を込めてジャンケンに集中しているだるまちゃん、残念ながら負けで。。。てんぐちゃんの笑顔とは対照的ですが、見ていると笑顔になってしまいます。

創業70年という記念の年を迎えた福音館書店の「母の友」5月号、絵本のひみつコーナーには『だるまちゃんとてんぐちゃん』(1967年)が登場、この絵本にまつわるかこのインタビュー記事が再録されています。「笑っている子は乗り越えようとする力を持っています」というかこの言葉に、世界中の子どもがそうであってほしいと願っています。

そして巻末には5月のカレンダー(下)付きです。5月がいい月でありますように。

上の写真、左側は、「こどものとも」の折り込み付録「絵本のたのしみ」で、4月と5月の配本にはこどものとも800号記念として『だるまちゃんとてんぐちゃん』が生まれた日、と題するこのインタビュー記事が2回にわたり掲載されています。

以下でお読みいただけます。

だるまちゃんが生まれた日