あとがきから
「うつくしい絵」姉妹編
1974年に出版された「うつくしい絵」から遅れること15年、1989年に「すばらしい彫刻」が刊行されました。
スフィンクスなどエジプト彫刻の特徴、生き生きとしたギリシャ彫刻、数々のビーナス像、日本の仏像、ミケランジェロの作品やロダンに見られる表現の工夫などについて、わかりやすく解説しています。
ミロのビーナス(紀元前103-120年ころの作)について10-11ページ
ロダン作 考える人の表現の巧みさを著者による画を示し解説。26-27ページ。
あとがきを記します。
(引用はじめ)
今から15年前、小さい読者むけに「うつくしいえ」という美術の本をだしました。多くの方に喜んでいただいたうえ、高校生や大人のかたから続編をというはげましをいただきました。
そこでただちに準備に入り、多くの候補が何冊分もたまったのですが、私はできたらつぎは、立体のもつふしぎな感じや、空間にひろがる美しさをもりこんだ(彫刻の本)にしたいと、ひそかに思っていました。なぜなら、やさしい良い彫刻の本は、とて少なかったからです。
おおよそのもくろみは、つぎの年のうちにできたのですが、たくさんの作品をくらべ、選び、迷い、その実物をたずね、自分の目でたしかめ、どんな角度の、どんな光やかげでおしらせしたなら、その作品のすばらしさが伝わるか考え、なやんでいるあいだに、10年があっという間にたってしましました。
立体を本で見ていただくのを制約ではなく長所にして、ふつうでは見られぬ部分や細部を拡大や対比することで、彫刻家がこめたおもいをお知らせしたいとあれこれ努めているうちに、また数年がたってしまいました。
こうして15年もたって、ようやく見ていただくようになったのがこの本です。長いことお待たせしたことをおわび申しあげ、皆さまとともにゆっくり見直して、すばらしい作品をつくって下さった彫刻家と、お世話になった方に感謝したいと思います。
(引用おわり)
かこさとしが出版を依頼した唯一の本
1974年 偕成社より出版され現在に至る本書は、かこさとしが自ら出版社に企画を持ち込み、その刊行を依頼した唯一の作品です。そのあとがきをご紹介します。
(1974年1月の初版ではタイトル「うつくしいえ」で、同年4月に図版の一部の編集を変更し、「うつくしい絵」となりました。)
(引用はじめ)
1973年の秋、私は旅さきで、ふと絵の本をまとめたいという強い衝動にかられました。帰宅とともにほとんど眠らぬまま、2日半ほど部屋にこもってかいたのが、この本の原案になりました。しかし実をいうと、この本はずいぶん長い間いだき続けてきた私の三つの思いがこめられているのです。
その第一は、私が中学生のころ上野の博覧会の会場でダ=ビンチの自画像の瞳にいすくめられたことに端を発しています。それいらい芸術や科学のすばらしさに魅せられた私は、あるときは図書館の一隅で、あるときは試験勉強のさなかひろげた画集の上で、ときには展覧会の人ごみの中で燃えつのらせた、偉大な絵かきさんたちへの思慕と敬愛の念を、この本にこめました。
第二は、学生時代から約17年ばかり子ども会でやっていた絵画指導の折、私が子どもたちに問い、考え、語ってきたことの集約をこの本にもりこみました。
第三は、私たち庶民の生活とは無縁なところで、近代的と称して動いている画流や現代芸術論とやらにたいする疑問と批判をひそかにこめておきました。
このささやかな本を、美を愛する人びとと、子どもたちにおくることができるのを、私はたいへんうれしく思っています。
かこ さとし
(引用おわり)
尚、この本制作の経緯については、ラジオ深夜便、2016年6月15日の放送でかこさとしが詳しく語りました。2016年7月31日まで、ストリーミング放送でお聴きいただけます。
本作を作る直接のきっかけとなったモナ・リザの美しさはどこにあるのか、なぜ世界中の人々が美しいと感じるのか、本作の次ページで説明されます。
「ぼくのいまいるところ」(童心社)は1968年に出版されました。作は、かこさとしですが、この時の画は北田卓史さん、後に改定され現在に至るものの画は太田大輔さんです。
加古による画は、ほぼ同じ内容の紙芝居「ぼくがいるとこどーこだ」(童心社、1971年)でご覧いただけます。
かこ・さとし かがくの本1「ぼくのいまいるところ」のあとがきをご紹介します。
大きな世界と小さい自分の存在の尊さ
(引用はじめ)
「きりなし絵」というのをご存知ですか?子どもが絵本をみている絵があります。よく見ると、その本の絵は子どもが絵本をみているところで、そのまた絵本の絵が本を見ている子どもで・・・と、どこまでもつづく絵のことです。
わたしは小さいとき、こういう絵が大すきでした、そしてふと気がつくと、その絵本をみている自分がその絵の当人じゃないかと思いつき、おもしろさと、ふしぎな気分にいつまでもひたったものです。
この本はそうしたことをめざしています。
わたしたちは、無限という宇宙空間と時間の流れの中に生きているといいます。
そうした大きな、広い、長い中での存在というもの、それを認識するということは、とてもむずかしいことですし、大切なことであると考えます。
「きりなし絵」で気づいたようなことを、小さな子どもたちが、「存在」とか「認識」といったむずかしい熟語は使わないでも、感じとってくれたらというのが、作者のねがいです。 かこ・さとし
(引用終わり)
紙芝居「ぼくがいるとこどーこだ」(全12場面)の表紙絵
「ぼくのいるとこどーこだ」第4・9場面
加古里子のデビュー作。1959年福音館書店より『こどものとも34号』として刊行された本の裏表紙には以下のような出版社の思いと加古の言葉が記されています。
力強い絵本を
のりもの絵本、動物絵本、物語絵本、数の絵本から観察絵本まで、絵本の種類はなかなか豊富ですが、それらをみているうちに、なんだかものたりないような気がしてきました。もちろん『こどものとも』を第一巻から通してみても、同様の不満がのこります。何かが欠けている、何だろう、と考えたすえできあがったのがこの絵本です。
作者の加古里子さんは、それについて次のようにいっています。
"私が、この絵本であらわしたい、知っていただきたいとおもう点は、
①大きなダムのことより、それをつくったひとびとのことーーその人々の苦労や、よろこびや、悲しみやーー人間労働というもののすばらしさ、
②西洋風な、あるいは夢幻的なおもしろさより、日本的な現実的な美しさ、
③科学的な真実さと、人間味のある詩情を共存させたいということ、
④社会と歴史の大きな流れを前向きにすすめようとしている人々、それをささえている人々にこそ、人類の智恵や技術は役立ってほしいこと、
⑤子どもとおとなの世界を隔絶させないで、おとうさんおかあさんたちの今の生活を、考えを、子どもたちにしってもらいたい、知らせたいということ、
以上のような点です"
こうした意図を、科学者であり、労働者であり、芸術家であり、その上に、子どもの会のすぐれたリーダーでもある作者は、みごと絵本に結晶させています。表紙に象徴されるヒューマニズム、はじめ動物達の世界からはいって、しだいに人間の生活へと導いていく組み立てかた、建設工事と労働を一体として、しかも働く人達の感情をとおして生き生きとえがいていく方法、その底を流れる力強い人間性。未来をせおう子ども達が、この絵本をとおして、労働と建設の世界を子どもなりに感じとってくれればと願っています。
ただいま越前市絵本館で全場面を展示中の「だるまちゃんとてんじんちゃん」(福音館書店)には、あとがきがありませんが、月刊「こどものとも」654号として刊行された2003年3月号折り込みふろくには「てんじんちゃんと天神について」と題し、加古里子の文がありますので以下にご紹介します。
(引用はじめ)
今度のだるまちゃんのお相手は、てんじんちゃんです。 天神とは天満宮の祭神菅原道真のことです。 右大臣に任ぜられてすぐ、九州に左遷されたといいますが、道中は従者1名のみで馬も食も給せられず、着いたところは床はぬけ雨漏りの廃屋で、実際は流罪だったわけです。
その天神をまつる社は、稲荷神社と首位を争うほど全国に広がり、千年の月日を超えて敬愛を集めているのは何故なのかを知りたく、20年位前たずね回った事があります。
無実の罪に対する同情や、上層政治権力者に対する反感、沈黙敗者に対する憐びんなどにより、1. 信義を重んじ礼節を守った人格 2. 簡素清廉な気質と温厚な態度 3. 逆境にあっても学問や文化、書や詩歌を失わぬ信念と意欲 4. 幼児、梅菊、鳥獣を愛した高い品性---の4点が人々の共感をよび、心をとらえ、全国150をこす素朴な土人形や木彫の郷土玩具にもなっているのを知り、たちまち「天神ちゃん」のファンになりました。
実際の道真は幼い二人の子供だけを伴った単身生活でしたが、この絵本では天神一家にだるまちゃんをまじえ、前記の4点を生かし自然と詩心と労働に包まれた新しい生活を描こうと務めました。 出てくる小鳥は天神ゆかりのウソ鳥です。
日本の児童文化が品位を失ったといわれる昨今なので、自らの低俗な育ちを省みず特に4項に力を入れたつもりなのですが、結果はどうだったか、ただもう天神様に祈るばかりです。
(引用おわり)
実は越前市、武生(たけふ)には男の子が生まれると天神人形をお嫁さんの実家から贈る習わしがあるそうです。
絵本館での「だるまちゃんとてんじんちゃん」の展示は6月27日までです。期間中は、てんじんちゃん工作や本物そっくりの動きをする黒牛を触ることもできます。
絵本館にて展示中の武生の天神像
「だるまちゃんとてんじんちゃん」(福音館書店)表紙
だるまちゃんが手にしているのはホタルブクロ
かこさとしの絵本には、あとがきが多く書かれ「おうちの方や先生方に」著者からのお願いが語られています。お子さんの時に読んだ絵本に、こんなあとがきがあったとは大人になって初めて気付いた、と驚きを込めた感想を言ってくださる方が間々あります。
今では絶版になってしまいましたが、1975年に出版された「 行事とあそび こどものカレンダー 」(偕成社)という12巻のシリーズがありました。1巻が1ヶ月分になっていて毎日、2ページごとに季節にちなんだ遊びや自然現象の解説、行事等が紹介されているほか、のコラムがありました。その4月のまきのあとがきをご紹介します。(かな使いは本のままです)
(引用はじめ)
この本にこめた私のねがいは2つあります。
一つは、こどもにカレンダーとして、この本から、きょうやあしたという日のできごとを知っていただきたいということです。その日におこった事件や生まれたり、死亡した偉人たちを知り、なぜそんなことが起り、偉人たちがえらいと称せられたのかを、将来考えるこどもになってほしいとねがっているのです。もしその日が、そのこどもやまわりの人の誕生日にあたっているなら、できごとや偉人によせて、心からのはなむけの言葉とはげましを、ケーキよりも何より、あたえていただきたいのです。どうぞコラム欄をこどもたちに読んであげてください。
もう一つは、私が約25年ほどのあいだにこどもたちと遊びの中で試してきた、さまざまな形式と方法を使って、たのしさの中で考え、自らすすんでちえをみがいてゆくよう工夫と効果を、このほんのねらいとも、ねがいともしてあります。おとなの考えで判断せず、もしおとなも、こどもの世界にとびこんでゆかれるなら、失礼ですが、あなたも1つか2つかは、かしこくなられることだろうとおもいます。
みなさま方のよきお力ぞえををえて、このささやかなねがいが達せられるなら、作者の幸いとするしだいです。(引用終り)