あとがきから

人の生きがい 子の願い

上記の副題にあるように、この本は子どもへの応援であるとともに大人に向けて子どもの代弁をするような部分もあります。前扉にある「かこさとしから大人の人へ」と題する文をご紹介します。

ただしく うつくしいものを愛し思慕する子を

(引用はじめ)
法律、道徳、教訓といった事を大人は子どもに教えたがります。ともすれば一方的な見方であったり都合のよい所だけを強調したりして、それを受ける子どもにとってはウルさくて、イヤなものの一つでした。

しかし、本来は私たちの先祖や先覚者の悲痛な体験や貴重な知恵のかたまりであって人生をこれから歩む後輩にとっては灯といってもよい宝が多く含まれているものです。

たとえば、「正直の頭に神宿る」という一方で「嘘も方便」ということわざは、人間という生物の生活では、状況や条件によって二面性や矛盾した事に出会うものであることを教えてくれます。型にはまった法律や道理に子どもを押し込むのではなく自らが内に持つ力をより高いものへ、正しく美しいものへ柔軟に個性に応じ、楽しみながら伸ばすよう、そしてルソーやエーリッヒなどの先輩を敬慕する子が出てくれることを信じて、この巻をまとめました。
(引用おわり)

最初の見開きは、絵本館の[こども行事カレンダー]としてこぼれ話でご紹介した40もの国や地域の言葉での「こんにちは」の挨拶から始まります。多くある苗字のこと、痛いときのおまじない、怖いときのお祈り、嘘つきの見分けかたや正直者の見つけ方、SOSを例にモールス符号とその覚え方、暦のいろいろなどが続きます。(上は年、月、日、時間、分、秒を全て表す機械の絵)

さらに地球の環境を蝕む恐ろしいものや人口爆発、子どもの労働など社会の問題にも目を向けます。

[こうふくはどこに?どうすればこうふくになるの?][なぜいきるか どうしていきるか いかにしていきるか][なぜがっこうへいくの? がっこうでなにをするのか?][ひとにとってなにがだいじか][だいじなことをみぬくちから]⋯こういった問いかけに対する返答の言葉には説得力があります。

そして最後のページには宇宙船に乗り込んだ子どもたちの絵とともに、加古からの力のこもったエール[しんろをただしく だいせいうんをこえてゆけ!]で結ばれています。

そのメッセージに至った心境をあとがきで綴っていますのでご紹介します。

恥ずかしい思いを子どもにさせる大人

(引用はじめ)
北陸の辺地から東京に移住転校した小2の時、そこの校長が遊俚の恥行で捕まるろいう事件があった。その実態は不明だったが、「恥ずべき場恥ずべき行為」が大体どんなもにかは察知できた。なさけない学校に移ったものだと思いつつ、校長不在に教頭代理の式や運動会など半年も経過したが、一言もこの事については教師から説明がなかった。日頃口を開ければ終身・道徳づくめで忠義孝行や正義をといているのに、小1はじめ全校生徒関心を持ち、他校生に肩身の狭い思いをしているのに、適切な釈明も指導も激励もなかったのである、大人の、教育の敗北であった。近頃政治家などをめぐって種々事件がおこっている。多感な子どもたちは、それに対する親や大人の反応、動向をじっと見守っている。子どもたちは玩具あそびやゲームごっこより、もっと重要で大事だと見抜いているから高い関心でその対応を各自の胸に刻み込んでいるのである。
(引用おわり)

ご覧いただいているのが、でんがらでんえもん。右手を懐の中に入れ、小太りでこんな目つき。一体どんな人物だと想像されますか。

むらいちばんの金持ちで「じぶんのために かねを ため」るでんえもんの前に現れた、きたなじいさまに不思議な力を授けられます。最初は大喜びのでんえもんでしたが、はたと気づくと青ざめ、「どうしたものかと、じぶんの ひたいに手をあてた とたん」⋯

テンポの良い語り口調の文と表現力豊かな絵によって、瞬く間にでんえもんの世界に引き込まれます。あとがきをご紹介します。

あとがき

(引用はじめ)
この話は、古くから内外に伝わっていて、よく金銭欲を戒める題材として法話や修身の説話に登場してくるものです。

そうした「たてまえ」はあっても、現実の世界では、お金によって、時に幸福さえ買えるというのが、今の社会の実情です。そして、あこぎな金満家は、その富の力で権力や法律や世論さえ操作し、貧しい人々が生活の資を求め、才能をのばす経済的な基盤を得ようとする要求を、こうした「いましめ話」で断念させてきたのが、これまでのこの話の使われ方でした。

私は、それを単に富める人々をやっつける筋に変えたり、裏返しにするだけでは、つまらなく浅薄な事だと思いました。図式的な対立関係を固定的に考え、どちらが善くてどちらが悪いとわりきってしまうのでは、この話の一番大事な点をそこなってしまうのではないかと考えたのです。

どんなにひどい、道ならぬ考えや行動している者でも、それにはそれ相応の理由や立場やそうするに至った経緯があるものです。人間というものは、それによって同一人が、時に「仏」になり、「鬼」にもなるものだし、だから努力しなければならないという ことを前提にするからこそ、私たちは、子どもに良い本を与えたり、教育や指導を重視するのでしょう。自分もそうした一面を持った人間だということを忘れず、自己に対しては、強いおそれとつつしみを抱き、そして、社会の歪みや制度の悪に敢然と立ち向かってほしいというのが、この物語に託した願いです。
かこさとし
(引用おわり)


かこさとしの絵本は子どもから大人まで楽しんでいただけるものが多くありますが、そのような本の一冊に「大きな大きなせかい」(1996年偕成社)があります。
お子さん達は文とともに絵を見て想像を広げてゆきますが、この本は大人にとっても絵を見て思いを巡らすことができる科学絵本です。

この本の冒頭には[はじめに]として、この本の見方の説明があるというのもユニークです。というのは、この本では次のページにすすむごとに長さで10倍、広さで100倍になるように絵が描かれてるのです。
最初のページに登場するのは、おこさん達の姿とおもちゃ。それが次のページになると同じ絵が2センチ足らずになってページ片隅に描かれ、そのページの絵の中心は高さが10倍のスケールで描けるような2階建の家やキリンです。その次のページではその家やキリンは2センチ角の中に収まってしまい、ページ全体に描かれいるのはさらに10倍つまり最初のページの100倍の長さのものとなります。家やキリンに比べクジラや東大寺大仏殿、飛行機がどんなに大きいのかが一目瞭然となります。こうやって、私たちが見慣れたものからだんだんと遠くまで、地球を超えて宇宙の遥かかなたまで、大きな大きなせかいが広がる様を体験できるのです。

もう一つこの絵本が科学絵本として特色あるのは、各場面が表す距離を1秒間で進む波長が記載されていることです。普段私たちの身の回りにありながら目視することができない電子レンジや通信放送用電波から地磁気など特殊な広範囲のものがあげられ、それに比較して光の速さがいかに速いかを知ることができます。

また、所々にそのページのスケールにはいっている酸素分子の数や水素原子の数などが示され小さなものの大きな数の明示は、この本の姉妹編「小さな小さなせかいへの伏線にもなっています。
それではあとがきをご紹介しましょう。

あとがき

(引用はじめ)
1970年の暮れ、NHKTVで宇宙についての科学番組の収録がありました。著名な学者先生の相手役を命ぜられた私は、手書きの1冊の絵本を作り、第1場面の人間から始まり、住宅、高層ビル、富士山と次々にページをめくり、最後の27場面で、「私たちの宇宙はこの大きさで、今日はこの話です。」とはじめることにしました。

その番組が放映になった当日、ある大手出版社の編集長がとんできて、その絵本をすぐにかいて欲しいと言われ、驚いたり熱心さに感心したりしました。まだ十分に調査もしていない思いつきだったので、そのときは丁重にお断りしたのですが、それがこの絵本をつくるもとになりました。

しっかり間違いのないようにと、集めた資料は山をきずき、楽しいものにしたいと厳しく選択して、その山を崩すことを何度も繰り返しながら、その間、めざましい学問の進歩やその成果を伝えたいと試みているうちに、あっという間に25年の月日が過ぎてしまいました。

すでに退職された、その時の仕事熱心な編集長に、お詫びとお礼の気持ちをこめて、この本を科学を敬愛する皆様にささげます。
(引用おわり)

様ざまな虫たちが活発に活動するのを目にする季節です。
かこさとし おはなしのほんシリーズから、てんとうむしを主人公にした「からたちばやしのてんとうむし」(1974年偕成社)のあとがきをご紹介しましょう。

(引用はじめ)
子ども会でのある日、ひとりの女の子が、にぎりしめた小さな手を、そっとひらいて私に中をみせてくれました。
どんな大事なものが、入っているのかとのそきこんだ私の目に赤いてんとうむしが一匹、チョロチョロとはい出し、やがて、やおら羽を広げて飛んでいきました。それを見送ったとき、その女の子は私の顔を見上げて、ニッと笑いました。その笑った歯の白さと飛んでいったてんとう虫の赤い色がこの作品を作る直接のきっかけとなりました。

西欧では、"淑女の甲虫"とか"レディーバード"とか呼ばれて可愛いがられ、日本でも各地のわらべうたに、
〽︎ てんとむし てんとむし
てんとさまの おつかい いってこい

〽︎ まんじゅうむし まんじゅうむし
まんじゅう かっておいで

とうたわれて、子どもたちのよい遊び相手となっています。

このてんとうむしを題材にして、①色の変化と身近な虫たちの四季の変化と身近な虫たちの習性をえがくこと、②てんとうむしの紋様や種類のくべつをおりこむこと、を目標に子ども会での理科教材として作ったのがこの作品のはじめの形でした。

今回、このシリーズに入れていただくため、やや文学的(?)なよそおいにかきなおしたものの、本来は、理科教材の昆虫編のひとつだったを考えて読んでいただければ幸いに存じます。
(引用おわり)

(上は裏表紙。右下に小さく「さ」とサインが入れられています。

あとがきには、「やや文学的な(?)」とありますが、「からたち」と言うと北原白秋の童謡を思い出す方もおられるでしょう。加古は川崎でのセツルメント活動を1970年夏、藤沢に転居するまで続けていました。今ではなくなってしまいましたがその頃には藤沢の家から海に向かう小道の傍に「からたち」の低い生垣があり、そこから着想を得たそうです。からたちばやしを舞台にしたてんとうむしたちの春夏秋冬をお楽しみください。

かこ・さとし かがくの本 5「あまいみず からいみず」初版(1968年 童心社)は、かこさとしの絵によるB5変形・21センチの小型絵本でした。

上の写真はその表紙、下は裏表紙と28-29ページです。当時は4色刷り(カラー)が高価だったたため本文は2色刷りでした。

現在の大きさでカラーになったのは、初版から20年経た1988年で、この時に和歌山静子さんの絵に変わりました。

コップの実験からひろげる化学の推理

かこさとし画の版では、あとがきの見出しは「一般から特殊なものへひろげ演繹してゆく考え方」となっていましたが、1988年以降は「コップの実験からひろげる化学の推理」となりました。

あとがきの文は同じです。以下にご紹介します。

(引用はじめ)

「かがく」ということばはときどき困った場合が起こります。文字に書くと「科学」「化学」でわかるのですが、ことばや音だけでは説明がいることとなります。それでしばしばバケガクという言い方が、多少うらみをこめて言われます。

子どもの本、特に幼児向きの本で「化学」を扱ったものが非常に少ないというのがわたしには残念でなりませんでした。この本の塩や砂糖が水と引き起こす現象は、化学の中の溶解とか溶液とか濃縮という重要な項目の一つです。

また、小さなコップやおなべでわかったことがらを、大きな自然現象に拡張すること、手近な実験で確かめられた事実を、実験のできない現象にまで適用推論すること、そういう考え方、すじみち、手法は、化学の研究ではごく普通の、しかも大事なものとなっています。むずかしくいえば、一般的な事例から、特殊なものへひろげ及ぼしていく、いわゆる演繹法とよばれる考え方、すじみち、態度をくみとってほしいのが、わたしのひそやかな願いです。
かこ・さとし

(引用おわり)

桜が舞い散るには、風がない方がというのは人間の勝手な思いで、私たちに必要な空気は動いて風となります。では、どうして空気が動くのでしょうか。この絵本「ささやくかぜ うずまくかぜ」(2005年 農文協)はそんな疑問にわかりやすく答えながら小さいお子さんにもわかるように説明が進みます。

全部ひらがなで書かれ、台風や竜巻についてや風車、風力発電についてもふれ、小さいお子さんが「自然のしくみ、自然のきまり、自然のつながりをよくしり、かんがえて自然とともにいき、しぜんといっしょに生活できるよう」(前書きより引用、漢字にはふりがながあります)役立ててほしというのがこのシリーズ、「自然のしくみ 地球のちから」全10巻に込める著者の希望です。

あくまで平易に科学の入り口へと導いてゆきます。前見返しには、風力、風の強さと説明、英語での名称を、後見返しには動物や乗り物、そして光などが1秒間に進む距離を、いずれも漢字を使わず示しており、子どもが大人の助けがなくても読めるようになっています。小さいお子さんに説明する大人にも大きな味方になってくれる絵本です。

あとがきを記します。
(引用はじめ)
空気は、地球上の大部分の生きものにとても大切なものなのに無色透明で、形も重さも感じられないので、その存在を気にせずくらしています。その姿のない空気を気づかせてくれるのは、風の動きです。
風によって空気というものの存在を知り、その空気の大事なこと、植物が長い年月かけてようやくこの空気をためてきたことなど、地球や自然をよく知り、その空気を汚したりせぬよう、大切に守るようねがって、この巻を作りました。
(引用終わり)
(尚、漢字には全てふりがながあります)
下は「あとがき」に添えられているロビンソン型風速計の絵。

かこさとしあそびの本シリーズ5冊のご紹介も本作「しらない ふしぎな あそび」(2013年復刊ドットコム)で最後です。
2000年前からあるギリシャの石けりからはじまり、この本には、ペルーのじんとり、世界中にある竹うまやけんだまあそびなど、しらないあそびやふしぎな錯覚あそびなどが満載です。何百年も前にインドで考えられたというあそびやヒンズーのすごろくは、きっと大人でも見たこと、聞いたことがないことでしょう。

前扉(下の写真)には次のように書かれています。
(引用はじめ)
がいこくには めずらしい しらないあそびがたくさんあります。にっぽんにも ふるくからつたわる ふしぎなあそびがいろいろあります。 これはそうした せかいとにっぽんをつなぐ、あそびの本です。
(引用おわり)

あとがき

あとがきを記します。
(引用はじめ)
この遊びの本も、ようやく最終巻を見ていただけるようになりました。おさめられたあそびの数は、数え魔の下の娘の計算によると、第1巻 89 第2巻99 第3巻102 第4巻127となっていますので、この最終巻156を加えると総計573種ということになります。今まで子どもの遊戯やあそびをまとめた本は、けっして少ないわけではありませんでした。しかし私はこの5冊の本で
1)主人公である子どもの心と考え
2)まわりをとりかこむ条件やふいんき
3)健康で進歩的で発展的な内容
を、特に大事な軸としました。私の知っている限り、上の3つの点を全部配慮してある本は見当たらなかったように考えたからです。

子どもたちは遊ぶことが大すきですが、けっしてあそんでだけいるものではありません。しかも、正常であればあるほど、あそびは子どもたちの生活と色濃く結びついています。

ですからまったく子どもたちの生活の他の部分をぬきにしたり、無視して、あそびだけをきり離して論じたり、解説する「静的」な取り扱い方をわたしはしませんでした。よくお正月などに放送されるわらべうたや手まりうたが、声はきれいだが、ちっとも面白くないーーーすっかり生き生きした子どもらしさが消えさってしまっているーーーのをおそれたためであります。

したがって、このほんの内容をできるだけ生きた形でつかまえ「動的」に応用しながら、家庭や校庭でいかしていただきたいというのがわたしの願いです。

さいごまでよんでいただいた皆様と、わたしのこの5冊をまとめるのに、生きた資料をわたしに教え、考え、はげましてくれた全国の子どもたちにつきぬお礼をおくらせていただきます。では、お元気で さようなら。
(引用おわり)

あそびの大惑星10冊シリーズは以前に第1巻をご紹介をした時に、なぞなぞから始まる本とお伝えしました。9冊め「あそびの大惑星 9そろった わになったのあそび」(1992年農文協)冒頭には、こんななぞなぞがあります。
(引用はじめ)
〈なぞなぞ もんだい だい1ごう〉
ごにん そろって どうくつ たんけん
いりくち はいるとすぐにばらばら
ゆきどまり あなに もぐってしまうもの な~んだ?
(引用おわり)

ヒントを特別に。上の表紙写真の中にこたえがあります。

この本の副題は[遊びの冒険司令塔]で〈そろった ならんだ きしゃぽっぽ〉遊びから始まり、輪になっての遊びやイタズラのいろいろ。そして冒険といえばといえば〈ぼうけんきち〉(下の写真)。

なかなか難しい〈なかまちがい・まぎれこみ〉や〈じゅんじょちがい・ばしょちがい〉に〈ゆきのけんきゅう〉〈こおりのついきゅう〉と大人も知らない雪や氷の呼名が多数並び最後には〈ちきゅうのもんだい かんきょうのなぞついせき〉といった地球とそのまわりの宇宙の環境問題にも目を向けます。(下は本の最終場面の一部)

ところで、冒頭のなぞなぞの答えは、手ぶくろです。
あとがきをご紹介します。

大きな満足と自信の機会

(引用はじめ)
輪を作ったり、並んだりして遊ぶのは、少なくとも2人以上の仲間が必要です。仲間がふえると楽しさも大きくなるものですが、さりとて統率された「集団あそび」で外見はよくても、各人好みやムキフムキが活かされない時が多いものです。しかし例えば地域の伝承行事やクラスの自治文化祭など、異なった個性と相違点が、真の協力と団結のくさびとなり、混成集合の成果を自分で体得し、「ヤッタ」という満足と自信は、すばらしいみのりをひとりひとりに与えてくれるものです、是非そんな機会の活用を!
(引用おわり)

2012年に小峰書店より刊行された「こどもの行事 しぜんと生活」は各月ごとの12巻のシリーズです。

2月の巻には、節分、豆まき、針供養、初午、バレンタインなどや、ツバキ、ウメの花、天神さまなどについて楽しくわかりやすく書かれています。

なかでも〈うるう年、うるうのひ〉〈2月がみじかいのはなぜ? 一週間が七日のわけ〉という項目では、徹底的にその理由を解説していますので、お子さんに説明する大人にも大変助けになります。
あとがきをご紹介します。

2月のあとがき

新旧の暦と天体のうごき

(引用はじめ)
カレンダーや学校の行事など、みな太陽暦(新暦)なのに、各地の行事の中には、旧暦やひと月遅れでおこなわれているものがあります。すべて新暦にすればいいのにという意見もあります。

むかしの人たちは、月の満ち欠けを用いて昼と夜の時間や四季の変化をたくみにはかり、まちがいのないように工夫をして、農耕や生活を実行していました。

この旧暦と新暦の関係と違いを知ることは、太陽・地球・月のうごきを正しく知る機会となります。昔の暦などと思わずに、宇宙と人間の生活をかんがえるきっかけにしましょう。
(引用おわり)

尚、本文は縦書きで漢字のすべてにふりがながあります。

かこさとしおはなしのほんは、加古がセツルメント活動でこども会を指導していた時に生まれた紙芝居をもとにしています。そのシリーズの一作目、「あおいめ くろいめ ちゃいろのめ」(1972年 偕成社)をご紹介します。

あとがき かこさとし

(引用はじめ)
半分はおせじでしょうが、この作品をみた友人が「フランスかどこかのほん訳ものかと思った」といってくれたことがありました。しかし、この作品の誕生は、ちょっと変っているのです。
いまから11年まえ、そのころはわたくしも若く、指導していた川崎の子ども会も活気にあふれていました。その子ども会の、あそんだり、お話をしたり、子ども新聞をつくったりする課目のひとつに、絵の指導がありました。

労働者の家の子らしく、あくまでたくましくてガサツな子や、どこでどうまちがって教えられたのか、決して紫をつかわない子や、絵をえがかずにわたしの背中によじのぼってくる子どもたちをあいてに、ある日の課目に「円形の色紙(いろがみ)」を取り上げたのです。わたしのねらいはつぎの三つでした。

(1) 子どもたちの手さきを、かれらの思いどおりに、自由に器用に動かせられるよう、色紙を大小の円形にハサミできること。
(2) そのきった円形を顔にしたり、目にしたりして、その配置や変化で、表情や感じがかわることを、子どもたちに体得させること。
(3) 子どもたちが、それぞれにつくった別々の顔や表情をひとつにまとめ、筋と起伏を与えることで、共通の作品を通して、おなじ喜びとなかま意識を満喫させること。

このまとめの筋につくったのが、この作品の原型で、子どもたちは自分が切ってはったいびつな目がでてくる顔に、おおいに笑ってくれたものです。したがって友人には悪いけれど 、これはしゃれたフランスの絵本なんかではなく、何をかくそう日本の労働者の街の片隅の子ども会で美術指導副産物として生まれたのが真相なのです。そのつもりで見ていただければ幸いです。
(引用おわり)

なお、本文は縦書きで漢字には全てふりがながふってあります。また、(3)の文中、なかま、という言葉には脇点(傍点)がふってあります。下は、裏表紙から。

この本にはこんな逸話があります。
10数年ほど前、アメリカから一通のファンレターが届きました。英語で書かれていて幼稚園に通う年頃の女の子からで、お父さんはアメリカ人、お母さんは日本人でかこの絵本を読んでもらい、いつか、日本語でかこ先生にお手紙をかけるようになりたいとありました。そこで、加古はたどたどしい英語の返事とともにこの「あおいめくろいめちゃいろのめ」の絵本を送りました。

そして昨年、漢字交じりの美しい文字、綺麗な日本語でその女の子から手紙が届き、大学を卒業をしたとありました。卒業式のガウンをまとった写真の彼女はちゃいろのめ、お父さんは碧眼、お母さんは黒い目でした。十数年前に加古から届いた絵本の登場人物と自分の家族構成がそっくりで、折に触れてこの本と自分の家族を重ね合わせて頑張ってきたそうです。その端正な文字と文面に感嘆、見事に日本語を習得した彼女の努力に感動し、今度は日本語で返事を書きこの本の続編「あおいめのメリーちゃん おかいもの」(2014年 偕成社)をプレゼントしたのでした。