編集室より

八月尽、聞きなれない言葉かもしれません。八月最後の日のことで、かこさとしはこの日に特別な思い出を持っていました。

高校2年生になったかこは寮に入り軍需工場で奉仕労働をする日々で夏休みもなく、ようやく久しぶりに帰宅した夏の終わりに思いもかけないことが次々と起こります。富士登山で危うく遭難一歩手前で難を逃れたものの「夏休みの計画のすべてがむなしくきえたくやしさ」と「ただならぬ戦争状況のいりまじった、あつい夏のおわりの思いは」生涯消えなかったようです。

『こどもの行事 しぜんと生活 8月のまき』(2012年小峰書店)に描いています。(上)また、2013年『中央公論』9月号にも「人生最悪の夏休み1943~2013年」と題したイラスト入りのエッセイで語っていますが、これは『別冊太陽 かこさとし』(2017年 平凡社)に転載されています。(下)

当時の国語の先生は、尊敬していた、俳人中村草田男で、その句に次のようなものがあります。
「八月尽の赤い夕日と白い月」

かこのような強烈な思い出ではなくても、夏休みの最後には、ああすればよかった、こうしておけば、という反省や後悔が誰しも沸き起こってきます。そうならないように過ごせればそれに越したことはないのですが、反省をすることで、改善したり自らを戒めたりしてこれが助走となって前進できるのなら、それはそれで意味があるでしょう。

2019年8月21日、北海道新聞〈異聞風聞〉「後出しの夏、忘れない」では、かこさとしの『遊びの四季』(2018年復刊ドットコム・下)から、じゃんけんの優れた点と有効性を見抜いたこどもの力に触れ、「大人が子ども時代の心情と感覚を思い起こすことは、大人として大人がしなければならない真の道をみいだすことにつながる」と引用して、子どもたちの世界では仲間の尊敬や信頼を得られない、後出しじゃんけんのような夏を忘れない、とありました。

兎にも角にも、8月尽。今年も残すところ4分の1です。

福音館の月刊絵本「かがくのとも」から生まれた、初めての科学展

2019年は「かがくのとも」が創刊されて50周年。しぜん、からだ、たべもの、のりもの、の4つの切り口から「科学」の楽しさ伝える展示会が開催中です。
かこさとし関連では、『わたしもいれて!』と『あなたのいえ わたしのいえ』について、かこ自身の言葉がパネル展示されています。詳しくは、以下をご覧ください。

福音館

福岡伸一さんによる展示会の基調講演については以下をご覧下さい

基調講演

以下では、福音館書店編集部さんがインタビューでお話ししています。

加古里子さんの、やさしさ。

かこさとしの後半生は海の見える地で過ごしました。まだサラリーマンと絵本の仕事の両方をしていた頃には、夏になると会社の若者が海に遊びがてら来られたものでした。芋を洗うがごとく混み合った湘南の海の写真が夏の新聞紙面を飾った昭和40年代のことです。

今では、それほど混むことはないものの様々な国の方が海を満喫されています。楽しそうに過ごす様子は、『とこちゃんはどこ』(1970年福音館書店)の海の場面そのままです。この場面は、越前市にある、ふるさと絵本館に大きなパネルになって飾ってあります。

「とこちゃん」は好奇心いっぱいの男の子で、お母さんやお父さんと一緒に出かけては、いつの間にか人混みの中に消えてしまい、家族はとこちゃんを探しまわることになります。興味のある所に足が向いてしまうのは、子どもにとって自然なことなのですが、動物園、お祭り、デパート、、、。デパートの場面は、下絵とともに全国巡回展・京都会場(大丸ミュージアム)でもご覧いただけますのでお楽しみに。(2019年10月30日から11月18日、会期中無休)

絵本作家のなかやみわさんは、絵本作りを始めた頃、仕事で一緒になった、かこに『とこちゃんはどこ』の本にサインと似顔絵を描いてもらい、以来、仕事場の書棚に大事に保管されていると2019年8月12日の読売新聞の記事・たからもの「色あせない絵本の手本」にありました。「群衆を表現する時は、一人ひとりの表情や動きまで丁寧に描く」点もお手本にされたそうです。

『とこちゃんはどこ』の表紙は遊ぶ子どもたち。いくら暑いとはいえ、こんな風に外遊びをあまりしなくなってしまった子どもたちのことが気がかりです。

8月15日がめぐってきます。今からさかのぼること八十数年前、日本は戦争に向かってすすんでいました。かこさとしは、まだ幼少期ではありましたが、そんな世の中の空気をかんじる出来事もあり、生まれ故郷、現在の福井県越前市の自然の中で遊んでいました。豊かな描写で表現される当時の様子は、かこさとしを知る上でも、その時代の日本を知る意味でも、貴重なものでしょう。

この本は、1975年じゃこめてい出版より刊行され、同年第23回日本エッセイスト・クラブ賞と第15回久留島武彦賞を受賞。2018年に復刊ドットコムより復刊されたもので、それに際し書き加えられた「新あとがき」をご紹介します。

新あとがき

(引用はじめ)
敗戦後の翌年(1951年)法学部の大講堂でこれからの日本の進む途について著名な学者や政治家、実業人の討論会が開かれた。敗戦で生きる方途に昏迷していた私は、良き手がかりを得ようと、最前列で次々開陳される名論卓説に耳を傾けていた中、新しく大臣となった政治家は戦争に負けてよかった、新しい憲法ができて、これによって日本は再生できるものだと涙をながして未来を謳歌した。全員が一通り論じ終わった最後に米国から交換船で帰ってこられた中年の女性*が登壇、それまでの怪説迷論を鮮やかに切りすて、禍をのりこえてゆく新時代の女性の姿を示された。

私はその明快な論旨と麗姿にわずかであるが何とか生きていく光明を得て様々な彷徨の後、臨港地の工場勤務の傍ら、未来ある子供との交流と生活の機会を得た。それで得た野生的な生きる意欲に満ちた子どもたちの行動と真意を教育雑誌に投稿していたが、じゃこめてい出版と言う出版社から原稿依頼を受け、それで、子どもの頃の思い出を綴ったところ、第23回日本エッセイスト・クラブ賞**を得る光栄に浴した。しかも強力に推薦されたのが、あの時登壇された坂西先生だったことを知り二度も私の人生を励まし推挙いただいためぐり合わせに、この上ない感謝と幸いに包まれた。

今回復刊して頂く機会に先生から頂いたご恩を記し、私の心からの感謝をお知らせする次第です。2018年2月 かこさとし

*坂西志保
1896年生まれ。教職を経て、1922年に渡米。ミシガン大大学院修了。同大学院助教授、ポリス大学助教授、米議会図書館日本部長などを務め、1942年に日米開戦に伴い帰国。帰国後、外務省嘱託、太平洋協会アメリカ研究室主幹、NHK論説員などを歴任。戦後はGHQ顧問、参議院外務専門調査員、立教大学講師、憲法調査会、選挙制度審議会、中央教育審議会、放送番組向上委員会、国家公安委員など20近くの委員を務めた。かたわら広く文化の全域にわたってアメリカン・デモクラシーに貫かれた評論家活動を展開。著書に『狂言の研究』『地の塩』『生きて学ぶ』『時の足音』など多数。1976年没。

**同年(1975年)第15回久留島武彦文化賞も受賞
(引用おわり)

夏休みですから、思い切って世界旅行をしましょう。観光ではなく、探検ですが心配はいりません。しかも用意するのは一冊の本で大丈夫です。『せかいあちこち ちきゅうたんけん』、見返しには世界各地の生き物が描かれています。全部の名前がわかりますか。

次のような著者の言葉から始まります。本文は、分かち書きで漢字にはふりがながあります。
(引用はじめ)
この 地球には おおきな りくちが
いくつも ちらばって あります。
そこには けわしいやまや ひろい へいやが
あったり します。
その やまや のはらの ようすは
どのように なって いるのか
この ほんで しらべてみましょう。
そこから どのような ことが地球で おこって きたのか、
おこって いるのかを さぐって ゆきましょう。

*この ほんでは、たいりくの ようすを あらわすため
ひょうしに かいた ような ちずを つかいました。
3かん などで つかった ちずと すこし ちがって いるので
ごちゅうい ください。
*とくに ほうがくを しめしていないとき、
ちずはうえのほうが きた、したのほうがみなみ、
むかってみぎのほうが ひがし、
むかって ひだりのほうが にしとなります。

ちきゅうの おおきな りくちを たいりくと よびます。
これから みんなでたいりくのたんけんにさっそくでかけます。
(引用おわり)

こうして、地図の番号順に6大陸を巡り、あとがきには5000万年後の世界地図が描かれているのです。あとがきをご紹介します。

あとがき

世界には、美しい景色やめずらしいようすのところが、たくさんあります。こうした風景を訪ね、たのしむのは、とてもよいことです。

そこで、この本は、いろいろなところの山や平野のようすをさぐりながら、それらがバラバラではなく、ほんとうはたがいにつながって、動いたりぶつかりあってきた、長い地球の変化を知っていただきたいとねがってつくりました。

迫力ある表紙です。ドラマとあるように、お芝居仕立てのこの科学絵本は、黒子さんが幕をあける前扉の絵から始まります。幕に描かれているのは「いなずまの家紋いろいろ」(下)。これらはかこの創作ではなく、実際にある雷文の一部を描いています。いなずまは稲妻と書くことがあるように稲作をする上でも大切であったようです。

第一幕は、「さあ、雷の劇がはじまります」とものすごい稲光りの様子です。そして第二幕「夏の舞台にもくもく雲があらわれる」と続きます。ところが、冬にも雷が鳴ります。第四幕は「冬の舞台、台風の場面」。雲と電気の関係を丁寧に図解しながら説明が進みます。

火事や火山でも雷がおきること、雷の様々なことがわかりやすく描かれています。雷の観察のきまりや注意事項も大切な内容で、最新の研究成果も伝えられています。大人が読んでも、なるほどと納得できることでしょう。

ちょっとかわったエピソードのあとがきをご紹介します。

あとがき

(引用はじめ)
この雷の原稿をいそいでいる最中、アトリエのはなれに泊まった娘の友人親子が、深夜、天井の激しいもの音で寝られなかったとのこと。それからが大変で、手をつくして探索した末、ようやく突き止めたのが、下の写真の3匹のハクビシン。野生のものか、逃げたペットなのかは不明でしたが、その昔、樹上と雲間をかけめぐった雷獣の元がこのハクビシンといわれていて、六足ニ尾ではなかったけど、爪はきわめてするどいものでした。悪臭と汚染のため、はなれは取り壊し、原稿の遅れで数日徹夜となるなど、やはり「伝説の獣でも雷は恐るべし」と思い知りました。

そうした出来事や、私にとっての未知の気象、大気電気学の分野であったのに、この本を皆様に見ていただけるようになったのは、専門的な立場から、懇篤なご教示とご指導に加え、走り書きの原稿を細かに点検、校閲いただいた元埼玉大学教授・理学博士北川信一郎先生のあたたかいご配慮のたまものです。感謝をこめて皆様にご報告するとともに、改めて御礼を申し上げます。ありがとうございました。
(引用おわり)

下は、裏表紙。雲に乗っているのは「かみなりちゃん」とおとうさん!

長女と編集者・松居直さんの娘

2019年7月15日、小松にある「空とこども絵本館」でかこさとしを世に送りだした福音館書店の名編集長(当時)の松居直氏のご長女で児童文学者の小風さちさんと鈴木万里の対談が開催されました。

前日にNHK「日曜美術館」加古特集の再放送が放映されたこともあり、予想をはるかに超える二百人以上の方々が所狭しと座られ熱心にお話を聴いてくださいました。


デビューのきっかけなった、一枚の絵「平和のおどり」をめぐる不思議なご縁で絵本を書くようになった経緯や『かわ』や『だるまちゃんとてんぐちゃん』が出版されるまでの著者と編集者とのやりとりを資料を見ながら追い、絵本作りに生涯をかけた、かこさとしと影で支え続けた松居氏の熱意にしばし思いをはせました。

県外からの方、20年以上前にかこさとしの講演を聴いたことがある、読み語りをしているなど対談後も皆様とお話させていただきました。

会場となった「空とこども絵本館」は松居氏から寄贈された貴重な絵本や書籍を所蔵し、その一部を公開しています。加古が自ら描いた「かこさとしフェア」のポスターやこの館がオープンした際に贈った「色紙」など、ここでしか見ることができないものもあり、興味深く拝見して後ろ髪引かれる思いで小松を後にしました。

写真は、かこさとしのデビュー作『だむのおじさんたち』(1959年福音館書店)
対談の様子は、上記タイトルで記事として掲載されました。以下でご覧ください。

https://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20190717/CK2019071702000071.html

七夕の表紙も涼やかな『こどもの行事 しぜんと生活 7月のまき』(2012年 小峰書店) です。
七夕を「たなばた」と読む理由は、この行事には色々な伝説や言い伝え、習わしが関係していることによります。
8月にこの行事をする地域もありますので、「7月あとがき」ご紹介しましょう。

七夕は、晴れか雨か

(引用はじめ)
七夕の行事では、雨が降らないのをいのる地方と、反対に「三つぶでも雨がふる」ようにとねがう地方があります。このちがいはなぜなのでしょうか。

それは、6~7ページにも書きましたが、七夕の行事には、次の四つのことが混じり合っているからだと考えられます。

① 棚機女(たなばたつめ)が布を神さまにささげ、わざわいをのぞくならわし
② なくなった人の霊をむかえ、なぐさめるならわし
③織女星(しゅくじょせい)と牽牛星(けんぎゅうせい)のふたつの星がであう伝説
④技芸や書の上達をねがうならわし

①と②では、水で身をきよめるので雨をまち、③と④では、星がみえるよう、晴れをねがいます。
あなたのすんでいるところどちらですか。
(引用おわり)

原文は縦書きで、漢字には全てふりがながあります。

海の日といえば、『海』(福音館書店)を思い浮かぶ方が多いかもしれません。あるいは『かわ』の最後の場面でしょうか。

2歳のときに『海』を読んでもらい、現在、海洋学者として活躍されていらっしゃる方もおられます。この絵本は大人の方でも興味を持って読んでいただだける内容で、字が読めない小さなお子さんが眺めて楽しんでくださるのも大歓迎です。

小さなお子さん向けの海の本として出版されたのが、この『うみはおおきい うみはすごい』です。文は全部ひらがなで、しかも大きな活字で書かれています。海溝の代わりに、「うみのなかの ふかいたに」と表現するなど、難しい言葉を避けながらも、深さによる海水の流れの違いや大潮、小潮が起こる訳など海のことを宇宙との関連で説明する本格的な内容です。

海水に溶けている80以上の鉱物、つまり「ちきゅうにあるものすべてが とけていることがわかってきた。」ということも伝えるあたり、小さなお子さん向けの絵本とはいっても、内容に全く妥協がないところが、加古里子らしい科学絵本です。
まえがきにあたる文(漢字には、ふりがながあり)をご紹介します。

(引用はじめ)
地球の ことを もっと よく しろう。
にんげんは 地球に すんでいる。
にんげんが いきて ゆくのに
地球の やまや うみなど
すべてが だいじな もの なのだ。
じしんや たいふうなど
地球で おこる ことがらを
よく しっておく ことが たいせつ なのだ。
だから もっと よく もっと ふかく
地球の ことを しって おこう。
(引用おわり)

あとがき

(引用はじめ)
地球でおこり自然の変化や出来事、現象を、この「自然のしくみ 地球の力」シリーズでは、ちいさい読者にわかるよう、大事なことを、やさしくのべるようにしました。この巻は「海」に関係することですが、用いた数値最新理科年表を参考にしました。
なお、かぞくは年長の方は、学校図書小学3年国語教科書にかいた「ひらけてゆく海」」の拙文を参考にしていただければ幸いです。
(引用おわり)

漢字には全てふりがながあります。

プラスチック問題で、紙が見直されています。1枚の紙がお皿になったり、遊び道具になったり。新聞紙は帽子やスリッパ、毛布の代わりにもなり、梅雨の時期は湿気を取るのに大活躍です。
紙に焦点を当てた雑誌、『ぺぱぷんたす』3号(2019年7月15日発売 ・小学館)では、かこの得意な使い古しの紙で遊べる楽しい遊びを掲載しています。

お手製、テイッシュペーパーの空き箱を使ったミニ紙芝居台もあります。紙芝居といえば、かこのふるさと越前市では紙芝居コンクールを毎年開催しています。2020年と2021年夏には、「全国紙芝居まつり」も開催の予定で様々な準備が進んでいると福井新聞(2019年7月6日)に報じられています。

デジタルの時代だからこそ、生の声に耳を傾け静止画を見る贅沢な時間を年齢問わず楽しんでいただけたらと思うこの頃です。

(写真は紙芝居から生まれた絵本、『あおいめ くろいめ ちゃいろのめ』『どろぼうがっこう』『あかいありと くろいあり』(いずれも偕成社)

福井新聞の記事は以下でどうぞ。

https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/889553