編集室より

海の日といえば、『海』(福音館書店)を思い浮かぶ方が多いかもしれません。あるいは『かわ』の最後の場面でしょうか。

2歳のときに『海』を読んでもらい、現在、海洋学者として活躍されていらっしゃる方もおられます。この絵本は大人の方でも興味を持って読んでいただだける内容で、字が読めない小さなお子さんが眺めて楽しんでくださるのも大歓迎です。

小さなお子さん向けの海の本として出版されたのが、この『うみはおおきい うみはすごい』です。文は全部ひらがなで、しかも大きな活字で書かれています。海溝の代わりに、「うみのなかの ふかいたに」と表現するなど、難しい言葉を避けながらも、深さによる海水の流れの違いや大潮、小潮が起こる訳など海のことを宇宙との関連で説明する本格的な内容です。

海水に溶けている80以上の鉱物、つまり「ちきゅうにあるものすべてが とけていることがわかってきた。」ということも伝えるあたり、小さなお子さん向けの絵本とはいっても、内容に全く妥協がないところが、加古里子らしい科学絵本です。
まえがきにあたる文(漢字には、ふりがながあり)をご紹介します。

(引用はじめ)
地球の ことを もっと よく しろう。
にんげんは 地球に すんでいる。
にんげんが いきて ゆくのに
地球の やまや うみなど
すべてが だいじな もの なのだ。
じしんや たいふうなど
地球で おこる ことがらを
よく しっておく ことが たいせつ なのだ。
だから もっと よく もっと ふかく
地球の ことを しって おこう。
(引用おわり)

あとがき

(引用はじめ)
地球でおこり自然の変化や出来事、現象を、この「自然のしくみ 地球の力」シリーズでは、ちいさい読者にわかるよう、大事なことを、やさしくのべるようにしました。この巻は「海」に関係することですが、用いた数値最新理科年表を参考にしました。
なお、かぞくは年長の方は、学校図書小学3年国語教科書にかいた「ひらけてゆく海」」の拙文を参考にしていただければ幸いです。
(引用おわり)

漢字には全てふりがながあります。

プラスチック問題で、紙が見直されています。1枚の紙がお皿になったり、遊び道具になったり。新聞紙は帽子やスリッパ、毛布の代わりにもなり、梅雨の時期は湿気を取るのに大活躍です。
紙に焦点を当てた雑誌、『ぺぱぷんたす』3号(2019年7月15日発売 ・小学館)では、かこの得意な使い古しの紙で遊べる楽しい遊びを掲載しています。

お手製、テイッシュペーパーの空き箱を使ったミニ紙芝居台もあります。紙芝居といえば、かこのふるさと越前市では紙芝居コンクールを毎年開催しています。2020年と2021年夏には、「全国紙芝居まつり」も開催の予定で様々な準備が進んでいると福井新聞(2019年7月6日)に報じられています。

デジタルの時代だからこそ、生の声に耳を傾け静止画を見る贅沢な時間を年齢問わず楽しんでいただけたらと思うこの頃です。

(写真は紙芝居から生まれた絵本、『あおいめ くろいめ ちゃいろのめ』『どろぼうがっこう』『あかいありと くろいあり』(いずれも偕成社)

福井新聞の記事は以下でどうぞ。

https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/889553

「かこさとしの世界展」開催中のかごしまメルへン館で、講演会を開催します。

かこさとし誕生からデビュー作品を描くまでの約30年間を100枚以上の画像とともにたどります。
本や雑誌などでもご紹介したことのない紙芝居などをご紹介しますのでお楽しみにご参加ください。詳しくは以下をどうぞ。

https://www.k-kb.or.jp/kinmeru/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E/2572/

藤沢市南図書館がODAKYU 湘南GATE(小田急湘南ゲート)6階に移転してサービスを開始するのを機に、かこさとし絵本の複製原画を飾らせていただくことになりました。(月曜日休館)

初夏の草花を背景に物語がすすむ『だるまちゃんとてんじん』や『からすのパンやさん』『からすのおかしやさん』を展示しています。

また、市役所1階ホールでは『からたちばやしてんとうむし』のこの季節にぴったりな場面が展示されています。この題名にある「からたちばやし」は、かこが藤沢に移り住んだ50年余り前、自宅近くにあった、からたちの生垣から名付けたものです。今ではその垣根もすっかり消えてしまいましたが、その場所を通るたびに、このことを思い出します。

お近くにお出かけの際にご覧いただけたら幸いです。

新図書館に関しては、2019年7月3日読売新聞・神奈川「藤沢の商業施設に図書館 かこさとしさん作品の書棚も」と報じられました。また、2019年7月15日、東京新聞にも以下のように掲載されました。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201907/CK2019071502000137.html

父の話をしましょうか ~「かこさん」と「松居さん」~

かこさとしのデビュー作『だむのおじさんたち』(1959年福音館書店)は当時の福音館書店編集長・松居直さんによって世に出ることとなりました。松居さんとの運命的な出会いによって、かこはその後「だるまちゃん」シリーズや『かわ』などの科学絵本、そして『日本伝承の遊び読本』と言った遊びの本を刊行する機会を得、かこが亡くなるまでその深交は続きました。

かこは松居さんと同じ年の生まれでした。松居さんのご息女で絵本作家の小風さちさんと鈴木万里の対談を催します。申し込み不要・参加費無料。場所は松居さんからの寄贈本コレクションを収蔵する、小松市の空とこども絵本館です。
詳しくは以下をご覧下さい。

https://www.city.komatsu.lg.jp/kosodate_kyoiku/8724.html

2019年7月7日 中日新聞:娘語る父の背中と絵本 小松で15日 「かこさんと松居さん」

https://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20190707/CK2019070702000241.html

2018年8月9日当サイト「作品によせて」コーナーであとがきをご紹介した科学絵本『たいふう』(1967年福音館書店)は半世紀以上も前の古い作品であるにもかかわらず、展示を望む声が強くよせられました。それにお応えしていよいよ2019年6月27日(木)より、越前市ふるさと絵本館で展示を致します。

表紙(上)には、ちょっとクラシックな雰囲気の子どもと日本列島の地図に気象記号と台風の進路が記され、『かわ』に似た構成です。そして裏表紙(下)には、著者に似たメガネの気象予報士と思われる人が台風の進路の解説をしている様子が描かれています。この本が出版された1969年は、39もの台風が発生した記録が残る年でもありました。

本作品に描かれている暮らしぶりは昭和の時代を感じさせるものですが、台風に備え向かう姿勢は今と何ら変わりがありません。かつて、台風一過の秋晴れを安堵で眺めた清々しさを最近感じられなくなってしまったのは、台風が秋以外の季節にもやってくるようになり、また台風が通り過ぎても暑さが残ったりという気象の変化があるように感じられます。いずれにしても、台風の通り道に住む私たちにとって、特にお子さん達が台風のことを知り、自然の猛威について考える良い機会になれば幸いです。

現在展示中の『あおいめ くろいめ ちゃいろのめ』は6月23日で終了し、展示替えのため6月24日から26日までは休館となります。
(下は、前扉の絵です)

2019年7月22日午後2時〜3時30分 「かこさとしの創作の原点」岐阜市ハートフルスクエアーGにて

2019年6月26日、岐阜新聞に掲載されたように、上記日程で、かこさとしの長女が講演をします。

定員100名で、受講料300円。
申し込みは往復はがきで(7月10日必着)、岐阜市生涯学習センターに申し込みください。
電話058ー268ー1050

いつもの「だるまちゃん」シリーズとは大きさや形が違うこの本が誕生した経緯があとがきに書かれています。ご紹介しましょう。

(引用はじめ)
長野県飯田市では市をあげて、毎年国内外専門劇団、アマチュア劇団による人形劇フェスタ(元人形劇カーニバル)が開かれています。

それは、今田・黒田人形劇という人形芝居の伝統と市民皆さん方の、熱心な努力のたまものです。2000年夏、お手伝いにいった私は、とても感激して、会場の小さなお友達と「えほんをつくる」やくそくをしました。それから2年、ようやくできたのがこのえほんです、りんごんちゃんは、飯田のりんごのことです。6、10場面の山は、町の西北にある風越山です。10~13場面の舞台の紋様は、竹田人形座のしるしをおかりしました。そして、えほんの中の会話を、飯田のことばに近くしていただくため、飯田市立図書館の方々に指導してもらいました。ですから、このえほんには飯田の皆さんの力と思いがこもっています。アメリカのハリウッドは映画の街として有名ですが、やがて日本の飯田は、世界でも珍しい人形劇の街とよばれるようになるでしょう。そうなることを祈って、このえほんを人形劇を愛する世界中の人におくります。 加古里子(かこさとし)
(引用おわり)

2019/06/10

富士山

加古が富士山を初めて目にしたのは、生まれ故郷福井県越前市から東京へ転居する車中、小学2年生の6月10日、1933(昭和8)年のことでした。「6月10日、時の記念日に東京に引っ越した」とよくその日付を口にしていたように、その日は忘れられないものだったようです。それもそのはず、この日に加古は絵を描くことに目ざめたのでした。

小学校卒業時の絵日記『過去六年間を顧みて』(2018年偕成社・上)には、上京する車中で父親から絵の手ほどきを受け、窓から見える「富士の雄姿を見ては自らどうかしてあのようなよいものを紙の上へうまくあらわそうと思った。」とあります。

中学校に入って山梨に野営に行った時、板に描いたのも富士山(上)でした。野営というと今風に言えばキャンプですが、自然と親しむのが目的ではなく、戦争の足音が近づいていたこの頃、運動会は張りぼての戦車の脇で訓練の様子を披露していた時代ですから、体力強化の鍛錬が目的だっとと思われます。生徒全員が絵の道具を持って行ったのか、残念ながら今となってはわかりません。

加古が絵本を描くようになってからは『こどものカレンダー4月のまき』(1975年偕成社)で葛飾北斎による富士山の浮世絵多数を模写で紹介しています。これらの絵と前述の板絵は6月15日から、ひろしま美術館で始まる展示会で初公開いたしますので、ぜひ間近でご覧下さい。

富士山といえば、もう一冊忘れてはならないのが『富士山大ばくはつ』(1999年小峰書店)で、この前扉にも歌川広重や北斎の浮世絵の模写が描かれています。富士山を科学的な視点で描きながらその美しさの秘密は火山であることを伝え、その自然の様子を植物、動物、気象など様々な角度から浮かび上がらせています。さらに、人々との関係も伝え、加古のいうように総合的にとらえている科学絵本です。その見方は冷たい客観性ではなく、多くの人々にこよなく愛される富士山の魅力を伝えたいという加古の気持ちがにじみ出ているものです。

『ならの大仏さま』(2006年復刊ドットコム)のあとがきもこれで最終回です。長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。(上は、本書より東大寺南大門)

はっきり簡明に書く

(引用はじめ)
最後の第三の点は、「はっきり簡明に書こう」と努めたことです。そのきっかけは、偶然ある小学校を訪れた時、子供たちの「東大寺を作ったのは聖武天皇か、大工さんか」というクイズを耳にしたからです。前者といえば後者がいなければできるぬといい、後者といえば、歴史で習ったじゃないかと笑うイジ悪クイズですが、後でこれは有名な参考書にある「東大寺を建てたのは誰か(A)聖武天皇(B)百済からの帰化人」のモジリであることを知りました。

大仏の建立者が誰かを簡単に覚えさせようと、二者択一の方法で追い込めば、こうしたクイズまがいの知識となり、それが「学力」として横行することとなります。そうした単純化や簡易化ではなく、あいまいさや誤解を除き、確かなことをはっきりと明らかに記述したいと心掛けました。

従来どういうわけか子供向けの歴史の本や伝記は「はっきり」書くため、人物なり事件なりを善悪良否で画然と区分し、それを示す場合にも過剰な修飾や偏った独断が多かったように思います。大仏に関する本でも、英雄談と偉人伝が積み重なり、大仏が無事に残ったのはアメリカ軍の爆撃から古都をはずす進言をした某博士の尽力によるという「作られた美談」や「あやしげな奇談珍話」によって綴られていました。

そうした小話でなく、もっと私たちに関係する大事なことを、「はっきり」させたいと思いました。弱い一面を持った人間が強い意志と行動を示すに至ったことや、多くの功績に輝き、富や権力を持った人が滅んでいく様を「明らかに」のべ、私たちが今考えなければならぬことを学びたいと思いました。

しかし1000年以上にわたる長い経過と、主要記載人物が73人、画面(原画)登場3000人が入り乱れる様子を、繁雑で明快でないと思われる読者もおありのことでしょう。ほぼ最後の1年間を、原稿の圧縮と簡潔化に費やして描き及ばぬ私の非才を恥ずるところですが、p76〜77に示したごとく、実体はもっと複雑錯綜しており、その複雑な迷路の中に真実が存しているということです。

したがって前述のクイズのように、どうしても短い答えが必要なら「人間が造った、造ってきた」というのが、最もはっきりと、明快な、そして誤りのない返事となると言うことです。
(引用おわり)

上は、最終ページにある創建時、再建時、現在の大仏殿の大きさと修理を示す図。右下に描かれた小さな人により、その大きさがわかる。

お礼と報告

(引用はじめ)
以上の三項を旨としながら、5年間諸先達の著作・資料・ 論文を参考にさせていただき、関係の地を幾度か訪問彷徨したあげく、ようやくまとめることができたのがこの本です。

記述した内容は、私なりの検証を行ったものの、前記の諸先生方の学恩に負うところが多く、準拠した文献や出典出所を詳記すべきところですが、紙面の都合で略させていただきました。人物の風貌は、複数の資料より復元し、光明皇后(p11 )や広嗣(p14)のごとく全くないものは、口承口伝により再構成しました。

一方p77の大仏殿建築費は、単純な換算では経済生活基準の差が大きくひびいて実態とは合わぬ点を、昭和55年労働人件費を基準にして逐次算出し、その値が妥当か否かを復元建築図より各材料費・工賃を積算し、対比検証したもので、従来知られたものより実体に近い値でないかと考え提示いたしました。
狭い私の書斎と作業室を埋め尽くしていた資料の山を、ようやく整理できるようになった今、それらの筆者に感謝するとともに

青木和夫(お茶の水女子大学) 杉山二郎 (東京国立博物館)
故・前田泰次(東京芸術大学) 香取忠彦(東京国立博物館)
松山鉄夫(三重大学) 奥田英男(奈良国立文化財研究所)
馬場宏二(東京大学) 久保田穣(建設技術研究所)
上司永慶(東大寺) 山崎佳久(建設技術研究所)
堀池春峰(東大寺) 八木悠久夫(清水建設)
平岡昇(東大寺図書館) 吉田不二夫(鹿島建設)
新藤佐保里(東大寺図書館) 大沢弘(綜合設計社)
渓 逸郎(信楽法蔵寺)

の諸氏から専門的なご教示と、ご懇篤なお計らいを得たことを報告いたします。

本書は1985年の発刊以来、多くの読者特に小・中学生の方から、種々の質問や意見をいただきました。中でも教科書に載っている数字や建設法との違いについてのものが多かったのですが、訂正されないままの出版社の反省を求めたいところです。また大仏建立について、本書で述べた方法が、専門誌等で次第に認められてきている状況です。一方「大仏を爆撃から守ったアメリカの学者」という誤伝が、今なお横行していますが、その元となったのはねつ造新聞記事なので、そうした偽や誤に惑わされず、正しい事実による科学の知識を備えていただきたいと改めて念じます。
(引用おわり)