編集室より

手ぬぐい

投稿日時 2025/02/02

大正15年生まれの加古は、幼い頃、小川で小魚をとるには、手ぬぐいがもってこいだった、とその手順を詳しく『だるまちゃんの思い出 遊びの四季』(2021年文春文庫・上)に挿絵付きで紹介しています。

そして若い頃も手ぬぐいを愛用していました。そんな姿が絵本の中に登場しています。
『わっしょいわっしょいぶんぶんぶん』(1973年偕成社・下)の裏表紙、腰に手ぬぐいで子どもを肩ぐるましているのは加古の姿、そのものです。ねじり鉢巻やほおかむり、姉さんかぶりの人もいます。



そして表紙(下)にも手ぬぐいの人、ひと⋯。

2024年に新装版が刊行された『かこさとし新・絵でみる化学のせかい』(講談社)にも、麦わら帽子をかぶり、首に手ぬぐいを巻いた加古が描かれています。

『からすのパンやさん』にも⋯

サイチどんも

パンやが焼けた?!

圧巻は、この面々の手ぬぐい姿!

こちらは2025年1月に重版になった『かっぱとてんぐとかみなりどん』(復刊ドットコム)の最終場面です。昔話の時代、手ぬぐいが必需品だったのがよくわかります。

そんなこんなで、加古作品の一場面が手ぬぐいになったりしました。

当サイトのニュースにも掲載されています。

手ぬぐい

講演会のテーマは先週と似ていますが、今回は特に『秋』の朗読が中心でした。

対象は中学生以上、若い世代の方にも参加いただきました。
かこさとしが体験した戦争について、様々な著作の中に登場する戦争や争いの物語を読みながら、どうして戦争が起きるのかを考えるきっかけとなることを願い、お話ししました。

『秋』(講談社 )の他には、『かこさとし童話集』(偕成社)の1巻「ゾウの王国 アリの王国」の全文、3巻「スピッツベルゲン協会の集まり」、『人間』などの一部を朗読、ご紹介いたしました。

大変熱心にお聴きいただき質問や感想も活発に発言してくださり、戦後80周年の今年、今一度立ち止まって、過去を振り返り、未来を考える時間を持つことの大切さを痛感した一日でした。

2025年村岡公民館だより「出会」3月号で紹介されました。

2025年1月 村岡公民館の講演会

化学というと実験室の中でするもの、難しいというイメージをお持ちになるかも知れません。

しかしながら、『かこさとし 新・絵でみる化学のせかい』シリーズ①の本書をご覧いただくと、私たちは、毎日の生活の中で化学を使い、役立てていることが、お子さんたちにもわかっていただけることでしょう。

それこそが化学を専門にしていたかこさとしが伝えたかったことです。
化学ってそういうことなのか?!目からウロコの絵本になるかも知れません。

本書を2025年1月23日、朝日小学生新聞でご紹介いただきました。

朝日小学生新聞 化学のせかい

栃木子どもの本連絡会の45周年を記念して宇都宮中央図書館にて鈴木万里が「かこさとしが子どもたちに伝えたかったこと」というテーマで講演しました。

加古は1983年この図書館で講演をしたこともあり、はじめて伺う場所でしたが、40年以上を経て同じ場所で講演することに感慨を覚えました。

会員の方々と一般の方も参加されて大変熱心にお聴きいただき、講演後もご感想を直接伝えてくださる方々があり、加古の本の話題が続きました。

加古の子ども、少年・青年時代のことやセツルメント(ボランティア)活動、そして『童話集』に込められた思いなど、作品をご紹介しながらの1時間半でした。

てんぐとかみなりのお話

投稿日時 2025/01/10

てんぐとかみなりといえば、『だるまちゃんとてんぐちゃん』(1967年)、『だるまちゃんとかみなりちゃん』(1978年、いずれも福音館書店)を思いうかべてくださる方も多いことと思います。

実は、このてんぐとかみなりを加古は絵本を作るようになる以前、手描き紙芝居に登場させています。

1952年、セツルメント(ボランティア)こども会のため作った『てんぐのはなはな』はてんぐのうちわをあおぎながら「てんぐのはなはな」と唱えると鼻が伸びてゆくというユーモラスなお話ですが、調子にのっているうちに大事件が起こり、主人公が安楽な生活を反省することとなります。

2年がかりで構想を練った、仕掛けのあるこの紙芝居は大好評となり、貸しては戻ってこず、新たに作り直しを繰り返し現存するのは1995年に作ったものが『かこさとしと紙芝居 創作の原点』(2021年童心社)に掲載されています。

そして『童話集④日本のむかしばなし〈その1〉』(2023年偕成社)にも場面ごとの挿絵入りで収録されていますので、お楽しみください。また、この巻には2002年作の「天狗とばあさん」(下)という実に愉快なお話もあります。

1953年作の「カミナリ・ゴロちゃん」は、かみなりの坊やが空から落ちてきて、人間の子どもたちと遊びます。しかし夕方になると子どもたちは家に帰ってしまい、カミナリ・ゴロちゃんは空から降りてきたカゴに乗って帰ってゆくという17場面からなります。

手描き紙芝居「カミナリ・ゴロちゃん」第1場面(表紙)

「カミナリ・ゴロちゃん」第2場面

加古はかみなりの子どもの姿を描く前に宗達の風神雷神図を模写したり、様々なかみなりの絵を見て模写しながら自分なりのかみなりの姿を作り出そうとしていました。

『だるまちゃんとかみなりちゃん』が誕生するのはこの紙芝居から15年後のことになります。

手描き紙芝居「かっぱとてんぐとかみなりどん」

「かっぱとてんぐとかみなりどん」第3場面

1959年作の紙芝居「かっぱとてんぐとかみなりどん」(上)は炭焼きの「とうべえ」にかっぱとてんぐとかみなりの三者が無理難題を言いつけるのすが、いつもは泣いてばかりの「とうべえ」のこども「とうへい」がこの3者を一気に退治してしまう愉快な物語です。

子どもの機知で問題を解決する、このお話は1978年にかこさとし・むかしばなしのほんシリーズ5巻 お第1巻として同名で絵本として出版されました。

この物語の中では、てんぐもかみなりも人間に悪さをするものなので、その雰囲気が漂う顔つきが表紙に並んでいます。

悪者たちをやっつけた「とうへい」は最後にこんな表情です。さて、どうやって退治したのでしょうか。

独特の味わいのある絵と言葉で語られる物語を是非、お楽しみください。

2014年に復刊ドットコムで出版され、2025年にも重版されることになりました。詳しくは以下でどうぞ。

かっぱとてんぐとかみなりどん

おやつ

投稿日時 2025/01/08

おやつは大人にとっても楽しみですが、特に成長期の子どもには大切なものです。

2025年1月8日の福井新聞「越山若水」では、おやつと言われる由来や大人にとっても「大事な時間」として棋士やスポーツ選手のおやつに触れながら、越前市ふるさと絵本館で展示中の「みんな大好き!おやつ」で紹介している加古のふるさとのおやつの思い出を伝え「古里のだんらん」を思い起こさせるとしています。

上の絵は『からすのおかしやさん』(2013年偕成社)、洋風のお菓子だけでなく、「ようかんか まんじゅうなんかが ほしいのう」というしろいひげおじいさんのリクエストにこたえて出来上がった数々です。

この希望は、幼い頃には野原で調達したおやつか、だしをとった後のじゃこをしがんでいた加古にとってなかなか口にすることができなった、おやつへの願望がこめられていているようです。


現在、越前市絵本館で多くの場面を展示している『あそびの大惑星⑦ももくり チョコレートのあそび』のあとがきをどうぞお読みください。

午後3時は健康文化の停車駅

(引用はじめ)
まだ小さな内臓のこどもという生物の大きな運動量をまかなうため、休息や水やおやつが大切です。特におやつは間食と言う。臨時仮設駅ではなく、また栄養やカロリーといった物質面だけにとどまらず、心身の全面発達という大きな旅行の重点スケジュールに組み込む配慮が必要でしょう。それはシツケとか教訓とかではない、やすらかな満足と健やかな文化を伴った、心との交錯主要駅としていただきたいのが、イタドリの芽やダシジャコのおやつ(?)で育った作者の願いです。
(引用おわり)

2025年1月8日越山若水 おやつ

最新データ、知見盛り込む

2024年11月末に刊行された『かこさとし 新・絵でみる化学のせかい』5冊シリーズ刊行について、その経緯やこのシリーズに込めた加古の思いなどとともに、藤嶋昭先生による監修で、版を大きく新装した本書の特色などを紹介しています。

福井新聞 「かこさとし 新・絵でみる化学のせかい」

巳年 干支探し

年頭にあたり恒例の干支探しですが、今年は巳年。ヘビが苦手な方もいらっしゃるようですから、控えめに少しだけご紹介しましょう。

オンデマンド出版をしている『まほうのもりのプチ・ブルベンベ』(偕成社)はドイツの黒い森を舞台にしたお話で、最初の場面に小さなヘビがいるのですが、見つかりますか。この絵は2月末ごろまで藤沢市図書館に飾っていますので、お近くの方は是非ご覧ください。

干支になるくらいですから、昔話にも登場します。

『かこさとし童話集④日本のむかしばなし〈その1〉』にある「甲賀三郎伝説」(下・絵は中島加名)では、兄たちの策略で深い穴から戻ることが出来なかった三郎は、やがて三十年の後、大蛇に姿を変えて地上に戻り、城主争いをした醜い企てをした者たちもろともにこの世から消えてしまったのでした。

「伊賀の黒丸のこと」では忍者の修行中に見かけるヘビ、秩父を舞台に鉱山を発見した「赤銅源作」では、源作が出会ったヘビの銀黒などが鉱山を見つけるヒントとして伏線になっています。

『からすのパンやさん』のたくさんのパンの中に「スネークパン」があり、特設サイトで、ユーモラスなヘビもたっぷりご紹介しておりますので、是非そちらをご覧いただけたらと思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

初公開 手作り絵巻「松蛇伝」2001年2月21日作

思いがけず2024年末に発見されました。2001年加古がユネスコの「識字セミナーの教材として現地(ベトナム)で作成」とあります。

折り畳まれた紙を開いていくと次々に絵が広がっていき、題名から察せられるようにヘビが登場しますので苦手な方はお気をつけください。

ある山の松の木

あやしいあかいもの

それは大きなへびのした

へびのからだは大きく

ふとくてあばれるが

それをあやつる蛇の少年

松の肌は蛇のうろこー

2024年を振り返って 

出版

2024年は、おかげ様で多くの書籍を出版することができました。

① 『かこさとし童話集』10巻(偕成社)が完結
② 『かこさとし 新・絵でみる化学のせかい』5冊シリーズ(講談社)を11月に出版
③ 『くらげのパポちゃん』(講談社)出版決定、2025年2月出版予定



かこさとし童話集全10巻(偕成社)|

かこさとし 新・絵でみる化学のせかい全5冊(講談社)

展示会

展示会も開催でき、多くの方々にご来場いただき誠にありがとうございました。
④ 軽井沢絵本の森美術館にて「かこさとし 絵本への まなざし」展6月14日〜10月14日
⑤ 鎌倉芸術館にて、こどもてんらん会「かこさとしの世界展 ー絵本と紙芝居ー」8月4日〜13日
⑥ セーレンプラネット(福井市)にて特別展「宇宙のえほんとおもちゃーかこさとしの科学絵本」
12月7日から開催中、2025年1月17日まで

報道

⑦4月11日、かこさとしが20代後半から20年余りセツルメント活動をしていた川崎市幸区古市場第2公園(通称三角ひろば)に、その活動を伝えるプレートが設置されました。
⑧4月11日、プレート設置のニュースがNHKのテレビ、ラジオのニュースで報じられ、その日の夕刻にNHKラジオの全国生放送で加古についてお話することができました。

加古が強く望んでいたセツルメントの記念となるものを三角ひろばに設置していただき、広く大きく報道され感慨無量でした。

来年も

⑨ 藤沢市の4図書館での複製画展示を継続することができました。
⑩コロナ禍に始まったオンライン対談もすることもでき、こういった活動を今後も続けてまいりたいと存じます。

今年一年、公式サイトやxをご覧いただき、誠にありがとうございました。
どうぞお元気で佳き新年をお迎えください。

上・下の絵は『いろいろ食事 春秋うまい』(1994年農文協)のあとがきから。
です。

火の鳥 

投稿日時 2024/12/20

皆様にとって、“火の鳥”はどんなイメージでしょうか。

手塚治虫氏の作品を思い浮かべられる方も多いことでしょう。かこさとし最後の作品になってしまった『水とはなんじゃ?』(2018年小峰書店)の絵を描いてくださった鈴木まもるさんによる絵本も出ていますが、デビュー前のかこさとしも20代の若い頃から作品に“火の鳥”を登場させています。

社会人になって、何か子どものためになることをしたいと考えた加古は人形劇と紙芝居の勉強を始めました。1950年作の手描き紙芝居「夜の森」(下)の後半で“火の鳥”が現れます。この紙芝居には人形劇団プークのために、と書かれていて、人形劇が上演される前に紙芝居を見せたりして場を和ませる、そんな役割を加古が依頼され、作ったのです。

かこさとしと紙芝居

手描き紙芝居『かこさとしと紙芝居』より

『かこさとしと紙芝居 創作の原点』(上・2021年童心社)で、そのあらすじと2場面をカラー写真でご紹介しています。加古は、全26場面のこの紙芝居の脚本と絵を『かこさとし童話集 ⑩ 世界のおはなし〈その2〉の最後から2番目に登場させています。

実はこのお話はいわゆる「イワンのばか」のイワンが主人公です。恐ろしい化け物がいる森に入ってはいけないと言われているにもかかわらず足を踏み入れたイワンは、幹に閉じ込められた“火の鳥”を助け出し、素晴らしいお城で暮らすことになったのです。しかしながら、森から帰らないイワンのことを村では⋯
(引用はじめ)
「イワンはばかだからきっと森で殺されたにちがいない。やっぱり夜の森はおそろしや、おそろしや」といって、いまでも、森へ入っていこうとはしませんでしたとさ。
これで夜の森のお話紙芝居はおしまいです。
(引用おわり)

お城の素晴らしさとはいったいどんなことだったのでしょうか。それは見た目の豪華さや美しさだけではなく、“火の鳥”の国の治め方の素晴らしさで、加古はその点を伝えたかったに違いありません。だからこそ246話の童話集の最後から2番目に収録したのではないかと思われます。

紙芝居を作りはじめた頃にすでに“火の鳥”のお話を「紙芝居童話」にし、自ら編んだ『童話集』の目立つ位置に配置したほどですから、絵にも当然描いています。

セツルメント(ボランティア)活動で子どもたちにお話を語ったり紙芝居を見せたり、あるいは絵の指導を始めてすぐに描いた「おもちゃの国に朝がきた」(下左・1952年)はおもちゃや絵本を持っていない子どもたちにこの絵を前に世界のお話をしたり、鳥は何羽いるかというクイズを出題したり、しりとりの最初の言葉をこの絵の中から選んだりして活用していました。

その左上の隅にやっこだこ、平和の象徴ハトの間に描かれているのが“火の鳥”です。この絵のモチーフを活かし『こびととおとぎのくにのあそび』(1991年農文協)の最後を飾るのが[おとぎのくにに あさがきた]と題する絵です。

「おもちゃの国に朝がきた」1952年制作の画( 一部)

左の絵を元に新たに描いた「おとぎのくににあさがきた」

“火の鳥”は不死鳥ともいわれるだけあって(?!)2024年11月に43年ぶりに新版として講談社から出版された全5巻シリーズ『かこさとし 新・絵でみる化学のせかい③ 化学の大サーカス 技術の歴史』にも登場しています。

最初のブラウン管テレビに映し出された色鮮やかな画面が、どのような仕組みだったのかということを説明する[まばゆい火の鳥 蛍の光]という見出しで、加古は ロートレックの作品を元に“火の鳥“を描いています。

ブラウン管テレビの仕組みでは、熱をともなわない蛍光ということが重要な意味を持っているのですが、先程ご紹介した『かこさとし童話集⑩夜の森』の“火の鳥”の記述(下)が思い出されます。

(引用はじめ)
ゆらゆら赤い焔がもえている火の鳥なのに、ちっとも熱くもなければ、焦げたりなんかしないのです。そして強く明るく燃えているのです。
(引用おわり)

お正月の七草粥を作る時に、七草を刻みながら唱えると言われる言葉に🎵唐土の鳥が日本の土地に わたらぬさきに、とありますが、唐土の鳥とは朱雀や鳳凰、つまり火の鳥につながるもののようです。『こどもの行事 しぜんと生活 1月のまき』の七草がゆの項目で次の絵とともに紹介されています。

最後にもう一つ、加古がいかに”火の鳥“に思いがあったかがわかる絵をご紹介しましょう。

これは2010年に開催された科学未来館での展示用に描いたポスターです。たくさんの絵本のキャラクタともに、画面左上、からすたちの上に飛んでいます!

下の部分拡大をご覧ください。「かみなりちゃん」の後に見事な姿です。そしてその左下の地球上には加古らしき人もいます。

実はこの絵を再びチラシとして使った展示会が2024年12月から福井県セーレンプラネットで開催中で、この大きな絵も展示しています。

展示会であるいは本で、加古作品の中の“火の鳥”にであっていただけたらと思います。