編集室より

2019年3月21日午後1時から全国巡回展初回、福井県越前市武生公会堂「特別展 加古里子 ーただこどもたちのためにー」が始まるのを記念し対談が開催されます。

『みずとはなんじゃ?』などの編集にあたった小峰書店編集部・小林美香子さんと加古里子の長女・鈴木万里が思い出を語ります。なるほど、やっぱり、意外な?!お話が、お宝写真とともにくりひろげられます。

日時: 2019年3月21日 午後2時から3時30分
場所:| 越前市中央図書館 学習支援室
演題:「加古先生の思い出」
申込不要、無料です。

おやおや? 雪の中、ここにいるからすたちは、くちばしが水色と象牙色で「パンやさん」の子どもたちではありませんね。名前は「たろう」と「じろう」。まだ子どもでお父さんのように働くには、くちばしが硬くなっていないし遠くまで飛べません。

雨の日、退屈してお父さんのように強くなろうと指相撲をして遊び始めますが、家の中がめちゃめちゃになりお母さんに怒られる始末。片付けてお留守番をしているようにいわれます。お母さんが買い物に出かけてしばらくすると雨がアラレに、そして雪にかわりました。

するとお母さんの言いつけはどこへやら、たろうとじろうは、嬉しくなって大はしゃぎ。お母さんが帰ってきた時には、すっかり雪で真っ白になってお腹は痛いし風邪をひいて。。。

思い当たるような出来事を通して成長する子どもへの著者の暖かな眼差しが感じられるお話です。あとがきをご紹介します。

あとがき かこさとし

(引用はじめ)
子どもは、知らないこと・未経験なものについて、興味を抱き、好奇心をつのらせます。近づいてのぞきこみ、さわってみたり、なめたり、つかんだりします。そうすることで、色々なことを知り、経験し、学び、認識し、考え、成長してゆくのです。

しかし、当然のことながら、時によると知らないために起きる失敗や危険や損傷が、起こることがあります。こうした不安からわが子を守ろうとしたり、手間ひまのかかることから抜けだそうとして、ついには子どもたちから未知のものに立ち向かう機会を奪い、意欲を失わせる「キョーアクムザンな人々」にならないよう念じながら、この作品をかきました。
(引用おわり)

『からすのパンやさん』(1973年偕成社)とは違い、登場するのは、このからすの一家だけという、しっとりしたお話。黒い色をテーマにした作品です。図書館で見つけられたら是非お読み下さい。

かこさとしの科学絵本〜『みずとはなんじゃ?』まで

2019年2月22日「お知らせ」に掲載しましたが改めてご案内いたします。
「みずとはなんじゃ?」を編集した小峰書店編集部の小林美香子さんとかこさとし長女・鈴木万里(加古総合研究所)がかこさとしの科学絵本についてお話しします。ご質問の時間帯を設けます。是非お出かけください。

日時: 2019年3月17日(日)午後2時〜3時30分
場所:藤沢市総合市民図書館(神奈川県藤沢市湘南台7丁目18ー2)
申し込み・お問い合わせ: 同館0466-43ー1111
藤沢市民以外の方でもご参加頂けます。ご予約下さい。

ー体と病気のなやみ問題ー かこさとし あそびの大星雲4

インフルエンザの流行やスギ花粉の季節が到来でくしゃみに敏感なこの頃です。

この本は、もくじが後見返しにある構造で「くしゃみはなぜでるのか? ハクションはくしのこたえ」から始まり、こどもの抱く様々な体に関する疑問に答える形式になっています。
前見返しには著者から大人に向けたメッセージがあります。ご紹介しましょう。

かこさとしから、おとなのひとへ

体のなやみや心配をのりこえる力

(引用はじめ)
子ども時代、急に体のあちこちが痛くなったりすることが起こり、子ども自身ひそかに恐れ心配するものです、専門家も「成長痛」とか「ちえ熱」で片づける原因不明の体の現象について、親や大人は、子どもの不安を除き、自信と意欲を取り戻す助言なんか、ほとんど与えてくれません。言いがたく表現しにくいしにくい子のなやみを放置、放任、ほったらかしか、いったん知れると勝手な独断で「虫封じ」とか「毒ぬき」と称する迷信まがいの試験台にされる恐ろしさを知っている子どもは、よほどのことでないかぎり体の悩みを親に話したりしないものです。

こうした中で、子どもが自分の体のことを正しく楽しく知り、個々の性格特徴に合った活用と、適応に役立ててほしいと願いを込め、この巻を作りました。読者の中からやがて自分の才能を健康に恵まれぬ人の救いに提供しようという、未来のパスツールやコッホが現れるのを期待しています。
(引用おわり)

下は、前扉で、五臓六腑の説明がシャレとともにあります。

かこさとし あとがき

3つ寝たらなおるか、病気

(引用はじめ)
恥ずかしい限りですが、私は「おやつ」を知らぬ北陸の貧しい家で幼少時代を過ごしました。野山にはえるチガヤやスカンポや桑の実で空腹を満たしていました。それゆえか、よく急におなかが痛くなりました。親に訴えれば叱られるだけなので、「3つ寝て、それでもつづいていたら病気で、なおれば病気でない」と自らなぐさめ、おかげで60数年何の支障もなく過ごしてきました。高名な内科の友人が「医療より人のもつ治癒力の方がずっとすぐれている」と「3つ寝る」方法を評価してくれたことに勇気をえて子どもが楽しく正しく、体のなやみをのりこえてくれるよう、この本を作りました。
(引用おわり)

下の絵左側の男の子が口にしているのが、甘い味のするチガヤ、その右にある植物がスカンポ。右端の男の子が取ろうとしているのが、桑の実です。

かこさとしには二人の孫がいて、男の子なので自らの幼い頃の記憶と重ねつつ一緒に絵を描いたり工作を作って楽しんでいました。そんな中でできたのが本作です。

加古がかつて飛行機に夢中になったように、この物語の「たっくん ひろちゃん」は電車が大好きのようです。前扉(上)に描かれているのは新幹線のようですが、ちょうちょうが飛んで春ののどかな野原を走っているようです。

見返しはぐっと抑えた色調で「たっくん」は機関車に乗っています。さてさて『たっくん ひろちゃんの ちょうちょうとっきゅう』はどこを走るのでしょうか。
あとがきをご紹介します。

あとがき

(引用はじめ)
この本のもとになったのは、2年前、当時3歳と0歳の2人の孫のために書いた手がきの絵本です。
2人は保育園にお世話になっていて、毎日悪友(?)から、新しい“珍語”をおぼえたり、足をかじられたり(?)して、夕方かえってきます。しかし、非情なふたりゆえ、走りがきの絵本なんか無視されるのではと恐れたものの、その当時の好物を列挙したゆえか、なんとか破かれずに、こうして皆様に見ていただける機会をえて、よろこんでいるところです。

1997年1月 かこ さとし
(引用おわり)

『この本読んで!2018年冬号』の特集〈かこさとしの贈りもの〉で「どうしても伝えておかなければと書き続けた作品もあります」とお伝えしました。それは一体どんなことかといえば、311であったり太平洋戦争のことなのですが、他にも理不尽な苦しみに耐えて暮らしてきた先人たちに加古は思いを寄せていました。

20代30代の頃に研究した日本各地に伝わる昔話には、正面きって口にすることができなかった人々の苦しみや思い、願いが込められていて、それを汲んで加古は創作昔話として作品にしています。

「かこさとし語り絵本5」として『青いヌプキナの沼』(1980年偕成社)が出版された当時、人種問題は遠い国の話で無縁のことのように思っていたように記憶しています。しかし加古はアイヌや琉球の人々のことをずっと以前から見つめていました。残念ながら本作は絶版になっていますが、あとがきに記された加古の思いをお伝えしたく掲載します。

あとがき

(引用はじめ)
同じ人間でありながら、肌の色や風習が違うというだけで、地球上では、いまだに争いや憎しみが絶えません。しかもそれは、中近東やアフリカの例に見るように、人間の心を救うはずの宗教がさらに対立を激しくさせていたり、インディアンや黒人問題にみるように、文明や開発の名のもとに非道なことが行われてきました。そしてそれらの事は何も遠い国の古い事件ではなく、この日本でも起こっていたし、今なお形を変えておこなわれていることに気づきます。

強大な武器や圧倒的な経済力、悪どい策略によって、勝者は輝かしい歴史を書き上げます。しかし、反対にそれによって奪い取られ、追いはらわれ、閉じ込められた側には、わずかな口伝えしか残りません。そうした小さな伝説や名残の中から、ふと耳にした白いヌプキナ(すずらん)の花の物語は、涙のつらなりのように私には思えました。汚れた栄光で見失ってはならないものを、埋もれてはならないものを、この国の中で、この国の子供たちに知ってほしいと思ってまとめたのが、このお話です。
かこ さとし
(引用おわり)
本文は縦書き、すべての漢字にふりがながあります。

ヘブライ語は右から左に書くのだと聞いて驚いことがありました。昭和も前半の頃は、日本でも横書きを右から左に書いていましたので、古い看板でクルミだと思ったらミルクだったり、などということがあったものです。これは縦書きの影響かと推測しますが、それにしても縦、横どちらでも書けるのですから日本語は本当に便利です。

加古が小学校卒業にあたり学校で書いた『過去六年間を顧みて』(2018年偕成社)の元になった絵日記の表題も右から左の横書き、本文は縦書きです。

加古作品の本文は、科学絵本は横書き、お話の絵本は縦書きが基本です。ただし、福音館の「こどものとも」は横書きですので「だるまちゃん」のシリーズは横書きとなっています。

一般の新聞が見出しを縦書きにしたり横書きにしたりと自由に使い分けているように『だるまちゃんしんぶん』(2016年福音館書店)も同様です。「ふゆのごう」にある「もじいれなぞなぞ」は縦書き横書きをを利用してできる言葉遊びです。

タイトルと縦書き、横書きの関係はどうでしょうか。
加古のデビュー作『だむのおじさんたち』(1959年福音館書店・現在は復刊ドットコム)は本文は縦書きですが、タイトルだけは横書き。偕成社かこさとしおはなしの本シリーズもほぼ同様で『からすのパンやさん』『おたまじゃくしの101ちゃん』(いずれも1973年)がその例です。

しかし、書名が横書きでも前扉が本文同様、縦書きというものもあります。同じく1973年に出版された『あかいありとくろいあり』や『サザンちゃんのおともだち』がそうです。当時は、こういった文字を現在のようにデザイナーさんが作るのではなく、著者自らが書いていたからなのかもしれません。

縦書きのあるありがたさは背表紙の読みやすさです。
縦書きの方が集中して読める、ということから縦書きが多いと聞いたことがありますが、読者の皆様はどのように感じていらっしゃるでしょうか。

かこさとしが原稿を書く時はどうしていたかというと、縦書きのものは原稿も縦書き、横書きのものは原稿も横書きで書いていました。

『海』では、本文横書き、図は縦横両方ですが、本文がこんな斜めの部分もあります。

かこさとしのライフワークをまとめた『伝承遊び考 1絵かき遊び考』(2006年小峰書店)には次のような図があります。いわゆる「へのへのもへじ」ですが、右側、図29は安藤広重「新法狂字図句画」の模写で「へへののもへいじ」とあり、つまりこの絵描き遊びの最初は横書き、図30は私たちが見慣れている「へのへのもへじ」で江戸の文字絵にあり縦書きです。縦書き、横書きの自由さを昔の人々もこのように利用して遊んでいたというわけです。

「へへのの」と「へのへの」の出現する地域差など詳細膨大なデータとその考察については是非、『伝承遊び考』をご覧下さい。縦書きの厚い本ですが、絵図が豊富で小学生でも充分楽しめる内容です。

2019/01/01

イノシシ

2019年の干支にちなみ、イノシシを探してみます。

イノシシが本来住んでいる所と言えば、、、『地球』にはイノシシの親子が秋の林の中にいます。食べ物を探しているのでしょうか。2018年11月に出版された『みずとは なんじゃ?』(小峰書店)では鈴木まもるさんがこの場面をオマージュして夏の景色に変えて描いていますが、そこにもイノシシの姿が見えます。

猪突猛進とまではいきませんが、『あそびの大事典 大宇宙編』(2015年農文協)パート3「しか くま ぶたちゃんのあそび」では様々な動物が勢いよく走っているこの場面に登場です。

筆者のお気に入りは、同パート「いのししがっこうのきょうしつです」の場面(冒頭の写真)。視力検査表の中にイノシシの足跡が見えます。シノシシの子、ウリ坊も愛らしいし(下)、教室の掲示物にも加古のユーモアがあふれています。動物尽くしの世界地図にイノシシは見当たりませんが加古はこういうデザインを考えるのが大好きでした。

そしてイノシシのお話といえば、月刊『母の友』(福音館書店)で過去4回にわたり掲載された「イノシシ先生」のお話。先生と言っても学校ではなく山の杉の木の横にある病院のお医者さん。花粉症になってしまった「クチュンクチュンのカマキリさん」など毎回くすっと笑える短いお話です。2018年の11月号では「イノシシ病院 救急車のまき」が加古の文、挿絵は孫のカメツヒロキで登場しました。かこさとしは、この「イノシシ先生」が気に入っていたのか他にもお話を書きためていたのが最近見つかりました。いつか皆様にご披露できればと思っています。

年頭にあたり加古の古いイラストでイノシシをご覧下さい。「龍の子太郎」とありますので1960年松谷みよこさん作の創作昔話を読んで自分なりに描いたもののようです。

本年が皆様にとって良き一年となりますようお祈りいたします。

2018年、だるまちゃんシリーズに『だるまちゃんとはやたちゃん』『だるまちゃんかまどんちゃん』『だるまちゃんとキジムナちゃん』が加わりました。一度に、三作品が単行本として出版されるのは今までのだるまちゃんの絵本からみて異例のことです。

加古が「死んでからでも出して欲しい」と編集の方にお話したのがきっかけで、社をあげて取り組んでいただいたおかげで、加古の存命中に三作品が出版されました。どうしても伝えたかった作品に込めたメッセージについて加古が直接取材のテレビカメラや記者さんに語る事が出来ました。

この三作品の前に出版された『だるまちゃんとにおうちゃん』にも、加古の忘れられない思い出がその底に流れています。ハードカバーになる前に「こどものとも」2014年7月号として刊行された時の付録「絵本のたのしみ」から加古里子の言葉をご紹介します。

作者のことば

「におうちゃん」について 加古里子

(引用はじめ)
1938年(昭和13年)、中学生になった私は、航空機に熱中しているヒコー少年だったが、同時に図書館に入り浸る毎日でもあった。2年生となった早々、担任から「諸君はまもなく元服となるのだから、自らの生存の意義を求め、人生の目標を定め努力すべし」と喝を入れられた。それで数日考えこみ、世の中に貢献するため進学したいが、父の収入では無理なことがうすうす判っていたので、学資不要の軍人の学校に行き航空士官なることを目標とした。

目標の達成のため、必要な学課のみに集中し、図書室など自ら出入を禁じたが、近視の度が進み、同じ目標の級友は次々合格するなか受験の機会も与えられず、空しさのなか工学へ進んだ。

1945年(昭和20年) 4月、戦災に会い、仮小屋を転々としたあげく、やっと宇治の貸家に辿りついた時、敗戦となった。9月に単身上京したが、混乱する社会と食糧難に疲れ、軍人になった同級生の特攻機での死を知り、悔恨と慚愧(ざんき)に包まれ、講義も身に入らず、何のために生きるのか、咆哮(ほうこう)を続けた。

それでも夏冬の休みには、両親へ状況報告に満員鈍行夜汽車で帰り、近くの黄檗山萬福寺(おうばくさんまんぷくじ)の静かな境内に行くのが唯一の慰めだった。その折、蝉や松果(しょうか)と遊ぶ子どもたちによき未来を託するには何をしたらいいかと迷走していたことを思い返し、今回の作に込めた次第です。したがって、現在は整備されているようですが、寺院の状況は当時の記憶に残っている様子を描きました。
(引用おわり)

こうして、加古はこの迷いへの答えとして92歳まで子どものために絵本を描き続けることになったのでした。

帰らぬ人となりましたが、どうか作品の中で、かこさとしに出会っていただけたらと願っております。年末にあたり、この一年、多くの皆様から頂戴した、たくさんのお心のこもった言葉に改めて感謝御礼申し上げます。どうか佳き新年をお迎えください。

2018/12/15

犬がいる

今年もあと何日ということがいわれるような時期になりました。「あとがきから」コーナーでご紹介してきた「加古里子かがくの世界」(福音館書店)6冊には、今年の干支でもある犬が登場するという共通点があります。気付かれましたか。

お子さんたちが本に親しみやすいように、加古の絵本では、子どもと一緒に犬や猫など小動物を登場させることがしばしばあります。科学の世界、電気や断面図はちょっと難しいと感じられるかもしれませんので、例にもれずワンちゃんが顔を出して興味をつないでいきます。

『でんとうがつくまで』(上) の表紙にいるのは耳が垂れて、白とちゃ色のこのワンちゃん。
『ごむのじっけん』(下)の耳が垂れている白い犬は前扉ではこんな風にゴムに興味シンシン。

ところが最後には、ちょっとかわいそうなことになってしまいます。(下)
これぞゴムの特徴、決して動物ギャクタイのつもりではありません。

『だんめんず』(下)のこの場面では、犬の本領発揮。吠える理由は、断面図で見れば一目瞭然という仕掛けです。

『いろいろおにおそび』(下)には珍しく黒い犬が子どもたちと一緒に、鬼遊びの場にいます。
これは裏表紙で[いろおに]をしているところです。オニが言った色、ここでは黒、を触っていればオニに捕まってもセーフという鬼ごっこです。この場面の子どもたちは、皆黒いものにさわっているので例えオニにタッチされても大丈夫だというわけです。

『ふたりであそぼ みんなであそぼ』(下)の表紙で勢いよく走る様子が印象的なのは、ちゃ色の毛で顔が白い垂れ耳ワンちゃん。元気一杯です。

『たこ』に出てくる白い犬とは随分仲良しのようです。後ろ扉(下)では遊び疲れた男の子と一緒に眠っています。凧揚げが大好きだった著者の幼い頃はきっとこんなだったのでしょうか。

筆者には、たこの「さ」の文字と2018年永眠した、かこさとしがこの絵に重なってしまいます。

残り少なくなってきた戌年、皆さまどうかお健やかにお過ごしください。

(2018年戌年最初の「編集室から」コーナーでも「気になる犬」という表題で加古作品に登場する犬のあれこれについて書きました。ご参考になれば幸いです)