編集室より

加古里子・かこさとし

投稿日時 2023/04/01

かこさとし、と現在では多くの著作にひらがなで表記されていますが、デビュー当時は、漢字で加古里子と記していました。

この里子という漢字はもともとは高校時代、国語を俳人の中村草田男先生に教えていただいたこともあり俳句を作る際に、虚子や秋桜子にならって哲(さとし)という本名を三斗子と書いていたのを二文字にしたのが始まりです。

実は加古は漢詩の時の名前など、他にもいくつかの名前を使い分けていました。それはさておき、この漢字表記は「さとこ」とも読めるので、会社に勤務しながら著述活動をしていることは、隠していたわけではありませんし、女性に間違われることを意図したわけでもありませんでしたが、何かと便利だったと後年笑って語っておりました。

絵本を読んでくださる小さなお子さんたちにも読めるようにとのことで、漢字ではなくひらがな表記で本にも印刷するようになりました。当サイトの最初のスライドにあるようなサインで、高速でできるのでサイン会で大勢の皆様のリクエストにおこたえできたようです。

下の写真は出来上がったばかりの『しろいやさしいぞうのはなし』(2016年復刊ドットコム)にサインを入れているところです。

漢字の本?

投稿日時 2023/03/26

石偏や金偏の漢字が並んだこの場面、いったいこれは漢字の本なのでしょうか。

『なかよし いじわる 元素の学校』(1982年偕成社)の前見開きで、見えにくいのですが左上に中国の周期表とあり元素記号が一緒に表記されています。日本化学会監修の科学絵本です。

これはいかがでしょうか?

ページの上に全部ひらがなで次のようにあります。
(引用はじめ)
むかしの ちゅうごくには てや ゆびを つかう じが、こんなに たくさん ありました。
ですから、てや ゆびは、とても よく うごいて いろんな ことを たくさん できる ことが わかります。
(引用おわり)

実は、小さいお子さん向けの科学絵本『てとてとゆびと』(1977年童心社)の一場面です。

指や手の40以上の動作を絵で表し、さらに小さい子ども向けだからと言って躊躇せず、このように100の漢字を並べることによって、人間が獲得した手の動きの多さを伝えています。大人が見ても知らないものがあり興味が湧きます。

下は現在私たちが使っている漢字が中心で、遊びの本『どじょっこ ふなっこのあそび』(農文協)のページです。

貝については「かたちや いろが きれいで めずらしい かいは むかしから おかねの かわりに つかわれたり、たからものとして だいじに されてきました。」とあります。

(引用つづき)
「それで、「貝」という じが ついた 「字」は おかねや たからに かんけいした ことを あらわしています。おうちの ひとと いっしょに みてください。
(引用おわり)

とあり、リュウグウオキナエビス貝なども描かれています。

この本には魚偏の魚の名前も並びます。本文にもあるように、これは「かん字と言っても、国字と いって 日本で つくられた 字が とても たくさんです。」(漢字にはふりがながあります)

海に囲まれ、タンパク質を魚から摂取していた日本だからこそ生まれた和製漢字ですね。全てを魚偏で書くのではなく絵で表しているところ、英語名の例までつけ加えているところが、かこさとしらしい点です。

科学絵本や遊びの本でも、文章が全部ひらがなで書かれていても、このように漢字や英語を紹介しているのは、お子さんたちがいずれ学ぶことになるので、楽しみながら興味を持ってほしいと願ってのことだったのでしょう。

道具 今昔

投稿日時 2023/03/22

子どもたちの身近なものを描いてきた加古の絵本。しかしそれが50年前のものですと、今や歴史的な意味を帯びてきて、昔を知り、今と比較することができるという、描かれた当初にはなかった要素が加わってきているものもあります。1970年に出版された2冊の本を開いてみます。

『ことばのべんきょう くまちゃんのいちにち』(福音館書店)はその題名のように言葉を覚え始めるお小さい子さん向けの本で、朝の歯磨きから夜寝るまでの場面に登場する身近な道具の名前が書かれています。

朝食の場面の「おひつ」は今や珍しいのではないでしょうか。

台所にあるマッチは、ガスコンロが自動点火になる以前は必需品で、商店が配る名入の粗品には、布巾やマッチが多くありました。
おもしの石がのせられている樽は漬物か味噌が入っているのでしょうか。用途は同じでも、今では素材がプラスチックにとって変わられた、ざるやしゃもじ、ヘラなどが見受けられます。

『どうぐ』(福音館書店/瑞雲舎・下)にも同様のものが並んでいますし、文房具では竹の物差し、象牙か牛骨のヘラなどもあります。昭和のはじめには、今ではプラスチックがあたり前の歯ブラシが豚毛だり、歯磨きのチューブが薄い金属性だったり、台所にあるスポンジの代わりにヘチマやシュロのタワシが使われていました。

下の場面、左下にあるのはダイアル式の電話で右下に並ぶいくつかの四角いものは、初期のコンピューターです。
このような絵を見ながら、是非、今ある電気製品がなかった時代の物やプラスチックを使っていなかった頃のことを、お子さんと話題にして頂ければ幸いです。

おにぎり・おむすび

投稿日時 2023/03/17

最近は、おにぎらずというのもありますが、おにぎり、おむすび、いずれの名前にしても三角だったり丸だったり、俵形もありますね。呼び名や形については諸説ありますが、作ってくれた人の心を感じながら食べることが一番の美味しさかもしれません。

加古は「食べごと」と称して、食事には身体の健康を支える栄養面だけでなく、文化、行事や食事を共にする人との団欒、親しみなど心を豊かにする多くの要素があり非常に大切なものだと考えていました。その考えに基づいて作られた10冊のシリーズ「かこさとしのたべものえほん」(農文協・上)があります。

その第1巻『ご飯みそ汁 どんぶりめし』(上)では「おにぎりは、心をつつむ おむすびは、仲間をつくる」と題して、美味しそうなおにぎり・おむすびが描かれています。同シリーズ第5巻『いろいろ食事 春秋うまい』(下)では春の「野あそび、お花見、山あそび」のお弁当として、これまた種類豊富なおにぎり・おむすびが経木にのせられています。

作品の中に描かれているおにぎりはこちら、かまどでご飯を炊いておにぎり作りをする「だるまちゃんとてんじんちゃん」たちです。

中に入れるのは、それぞれの色つながりで、たくあん、青菜、梅干しと三つの味が楽しめるようで、海苔をつけるのは、くろてんじんちゃんです。だるまちゃんのこの表情は必見です。

『だるまちゃんとだいこくちゃん』では「だいこくちゃん」のこづつから、お餅やお団子と一緒におにぎりも出てきます。いいですね、こんなこづつがあったら!

そして『あかありちゃんのやまのぼり』(1988年偕成社)の山登りのお弁当にも大きなおにぎり登場です。

いろいろ見ていたら食べたくなってきました。さて、さて中に何を入れましょうか。。。

太陽

投稿日時 2023/03/13

まもなく春分の日です。
この日と秋分の日は昼間の時間と夜の時間が等しく、春分の日から夏至の日までは昼間の時間が長くなっていくわけですが、この太陽と地球の関係については、新装版 『かこさとしの地球のかがくえほん あさよる、なつふゆ ちきゅうはまわる』(2022年農文協・上)や『こどもの行事 しぜんと生活3月のまき』(2012年小峰書店・下)で、わかりやすい図入りで説明しています。

太陽そのものについては、『大きな大きな世界』(1996年偕成社・下)にその大きさについて、

太陽の一生や太陽光線については『宇宙』(1978年福音館書店・下)に詳しく描かれています。

『太陽と光しょくばいものがたり』(2010年偕成社)は太陽光を活用する「光触媒」を発見した藤嶋昭先生の発見とその内容についてですが、表紙にある太陽のまわりには、「ひかり」に関係するようなさまざまな言葉が降り注ぐように書かれていて、言葉遊びの本なのかと思ってしまうようなユニークな絵が目を引く科学絵本です。

お話の本に描かれている太陽には、目鼻があって大きな口で笑っているものが描かれていることが多いようです。

『はれのひのはなし』(1997年小峰書店)は、晴れのいちにち、外遊びをするこどもたちの頭上にはニコニコ太陽が全場面に描かれ、影が朝とは反対側にできる日暮れまで、遊ぶこどもたちを見守っています。

『わっしょい わっしょい ぶんぶんぶん』(1973年偕成社)ではアクマからサンザンに嫌がらせを受けた人々が最後に平和的な大逆襲をする終盤の場面はこうです。
(引用はじめ)
おひさまは キラキラ グルグル まわりだし、
あたりの くうきは、ぶるぶる びゅんびゅん
なりました。
(引用おわり)

この満面の笑みの「おひさま」に象徴されるような晴れやかな結末となります。

このような太陽の描き方を加古はこどもたちから教わったと話しておりました。

1950年代、川崎セツルメントの活動でこどもたちに絵を描くことを指導していた際、子どもたちが様々におひさまを描くのを見て大変興味を持ちそれを集めて大切に保存していました。

そんなこどもたちの描いたおひさまを模写して、編集、印刷を任されていたガリ版冊子「紙芝居研究会1968年1月号」の表紙を飾っているのを『絵本への道』(福音館書店・下)の裏表紙に見ることができます。

画面では見えませんが、ガリ版刷りのものには「絵は川崎セツルメントの子どもたちがかいた太陽の画」と説明があり、子どもたちの絵では色は、赤や黄、オレンジ色等で目鼻の入れ方、光線描き方にも個性があるのがわかります。

日差しが日に日に強くなってきましたが、今のこどもたちはどんなふうに太陽を描くのでしょうか。

『こどものカレンダー』は各月ごとの12巻からなるシリーズで、日めくりカレンダーのように、毎日1見開きにその日にまつわる出来事の紹介や、季節の行事、自然、文化、芸術などバラエティー豊かに紹介する絵本です。

このシリーズを読んで育った方が大人になられた今、それで得たさまざまなのことをきっかけに知識や興味を広げることができたと話してくださいます。

1976年、加古がちょうど50歳のときに刊行されたこの本のあとがきをどうぞ。

あとがき ーおうちの方や先生へ かこさとし

(引用はじめ)
こどものカレンダー3月のまきをおとどけします。
3月はすばらしい月です。

来月から新しく園や学校にはいる子がいるでしょう。また、一年上の級に進む子もいるでしょう。

ですから、この3月は、これから開かれる新しい場への期待の月といえます。

その新しい場に新たな考えをもって立ち向かうとき、子どもは大きな成長をとげます。知恵も力も考え深さも飛躍的にのびるものです。

3月を充実しておくるよう、どうぞ、努力なさり、新たな成果を喜びあえるようにご指導ください。

私事ですが、この3月末日で、私はもう一つ年をとることになります。ですから、私にとっても今月はとくべつな月なのです。

ではお健やかにお過ごしください。
(引用おわり)
本文は縦書きで、漢字には全てふりがながあります。

こう記した42年後の3月31日に加古は92歳の誕生日を迎え、その年の5月2日に永眠いたしました。

3月11日と化学者

投稿日時 2023/03/04

3月11日は忘れてはならない日ですが、『世界の化学者12か月』(2016年偕成社)で紹介されている二人の化学者にとっても3月11日は関係の強い日でした。

この本の表紙中央には紀元前ギリシャの三人の肖像画があります。天文数学に優れ万物は水から生まれ、水にかえると考えたタレス、科学者デモクリトス、そしてプラトンの弟子でアレキサンダー大王の師アリストテレスです。

表紙の三人が六角形の中に描かれていることには理由があります。この亀の子あるいは亀の甲のような形は「カメノコ」と呼ばれ「化学を代表するシンボルマークとして」使われていて、そのきっかけとなったのがドイツの化学者ケクレ(1829−1896)でした。

「1865年、6個の炭素と6個の水素からできている、ベンゼンの構造式を考え出し、3月11日、学会に報告しました。」この式は「とても便利でよい表しかたなので、多くの人につかわれるようになり」100年後の1965年3月11日、「ベンゼン祭」がベルリンで盛大におこなわれました。

ケクレの栄光の影でケクレよりも早く「炭素結合についての考えを発表しようとし」たイギリスのクーパー(1831−1892)は、研究地フランスの教授にそれを許されず、失意のうちに病み、1892年3月11日に「かなしい一生を終えました。」クーパーの研究成果は「死後50年たって、ケクレの弟子アンシュッツによって再発見された」と、「3月の化学のできごと 失意と栄光を秘めたベンゼン祭」と言う見出しで紹介されています。

何を隠そう、加古が化学会社に勤務していた時には、このベンゼン式が並ぶ実験研究をしていました。それがどんなものなのか、筆者には、幼かった当時も現在も全くわからないのですが、加古が絵本をかき始めた頃、出版社の方がベンゼン式の並ぶ書類や本が加古の本棚にあるのを目にしたのが科学絵本の執筆を依頼するきっかけになったと聞きました。

ちなみにクーパーの誕生日、3月31日は加古の誕生日と同じ日です。そんなことを想いながらこのページを執筆していたのでしょうか。是非、本書をご覧ください。

尚、東日本大震災に関連した忘れられない逸話は当サイトの以下にあります。

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まもなく啓蟄。
虫たちも動き始める頃ですが、「ぐじぐじ ぐずぐずの よわむし」のケンちゃんは保育園に行くにもだだをこねて大変。ある日、一人で遊んでいて見つけた葉の裏についていた毛虫を内緒で育てます。

一方、幼稚園に通うトンちゃんはすぐにべそをかいたり、しくしくする、なきむしです。一人で泣こうと思って垣根にやってきて青虫を見つけ、家の植木鉢に隠して育てはじめました。ところがお母さんに見つかって、捨ててくるようにいわれ、泣きながら捨て場所を探していると、虫の研究をしているおじいさん先生に出会いました。

おじいさん先生に色々教えてもらい、トンちゃんもケンちゃんもすっかり泣き虫や弱虫を卒業します。
こんなあらすじの『よわむしケンとなきむしトン』のあとがきをご紹介します。

あとがき

かこさとし

(引用はじめ)
幼稚園や保育園にかよっている子どもたちは、まだちいさいので、いろいろな経験を知らず、試練にも会っていないものです。ですから、まわりの大きくてこわいものや、はじめての得体のしれないものに出会うと、おどおどし、内気なひっこみがちの、いじけた心になりやすいものです。

こうした幼い子は一方で、身近にあるふしぎなものやおかしなものについては、素直な心で接し、そこで、おもしろさやよろこびを得ると、もっとよく知ろうとねがい、もっとさぐりたいという意欲にかられます。こうした自分で興味をつのらせた事については、次第に自分の行動に自信と積極さ、責任をもつようになってゆきます。

そのすばらしい幼い心の動きを、あたたかく見守り、干渉をせず育んでいただきたいと念じます。
(引用おわり)

子どもたちの成長にとって、遊びはなくてはならないものであると、加古はさまざまの機会に伝えその大切さを詳細に述べています。

大人向けの著作では、『未来のだるまちゃんへ』の姉妹編『だるまちゃんの思い出 遊びの四季』(いずれも文春文庫)や、『伝承遊び考』四巻(小峰書店)等がありますが、『日本の子どもの遊び 上・下』の二巻(1979・1980年青木書店)は特に教育関係者に向け、様々な遊びが子どもの発達に果たしてきた重要な役割を平易に解き明かし、教科との関連にも触れて、広い視野に立つ具体的な提案を盛り込んだ渾身の著作です。

いっぽう、子どもには言葉で説くのではなく絵本でその楽しさを自ら体験、発展させることを願って多くの本を執筆しています。

非常に小さいお子さん向けの『あそびずかん』4巻(小峰書店)や『かこさとしあそびの本』全5冊(復刊ドットコム)もありますし、『あそびの大宇宙』『あそびの大惑星』『あそびの大星雲』はそれぞれ10巻ずつのシリーズです。

今回は『あそびの大惑星1 たいこドン ふえピッピのあそび』(1991年農文協)のあとがきをご紹介します。

ときめきひびく 生命のために

(引用はじめ)
あそびの大惑星シリーズの第1冊目は音、声、楽器や音響合唱などの巻です。将来カラオケ族やCDマニアにするためではありません。もちろん落着きのないニギヤカ人や静かさを騒音爆音でかき乱すヤカマシ子どもの手伝けをするのではありません。声を出す事や音に感じる事は、心臓のときめきや呼吸のリズム、即ち生きている事と連っているからです。子どもという生命に輝く生物の為に、音や声をききあい、ひびきあう感覚世界のこのあそびの巻を送ります。
(引用おわり)

フクロウ・ミミズク

投稿日時 2023/02/15

ギリシャ神話で知恵の象徴とされるフクロウは加古作品に早くから登場しています。探してみましょう。

手描き紙芝居『うさぎのターちゃん』(1953年)では、お友達がいなくて寂しいターちゃんが野原で見つけた卵を鶏のおばさんに頼んで孵してもらうと生まれてきたのはフクロウのブクちゃんでした。一緒に遊ぼうと約束したのですが、夜行性のブクちゃんは夜にならないと遊びに出てこないのでターちゃんはガッカリ、それでもお互いのことがわかってお友達になります。

紙芝居といえば、『ばんちゃんねずみとミミンガー』(1986年全国心身障害児福祉財団)のミミンガーというのはミミズクからの命名です。からだの小さい子ねずみばんちゃんにしてみれば、ミミンガーは天敵でもあり非常に大きくて怖く見えるのですが、年老いて目が悪くて困っていることを知り、ばんちゃんが助けてあげる物語です。

1995年には同じセリフで絵を描きかえ『バンちゃんの大ぼうけん』(上)と改題して前作同様、福祉関係の施設に寄贈されました。晩年、緑内障で視野が欠けていた加古自身の目が良くなったらという希望が託されているように思えてなりません。

生き物としてのフクロウの紹介は『地球』(1975年福音館書店)、秋の森、木のウロにいますし、『あそびずかん あきのまき』(上)にも。そしてコノハズク、アオバズクは『あそびずかんなつのまき』(下・いずれも2014年小峰書店)に掲載されています。

物語絵本では『パピプペポーおんがくかい』(2014年偕成社・下)の舞台上、トリノからの鳥のグループ合唱団にフクロウたちが並んでいます。

加古のデビュー作『だむのおじさんたち』(1959年、福音館/復刊ドットコム、下)にもフクロウの姿があります。

動物たちも寝ている秋の夜、飯場にはあかりがともりおじさんたちは交代で働きますが、それを見ているフクロウが木の枝にいます。働く人間の姿と自然を詩情豊かに描き出すこの場面は、秋が大好きだった加古が気に入っていた場面です。

なんと言っても忘られないのは『どろぼうがっこう』(1973年)とその続きのお話『どろぼうがっこう ぜんいんだつごく』『どろぼうがっこうだいうんどうかい』(いずれも2014年偕成社)に登場する金と銀の目を持つへんなミミズクです。世にも不思議などろぼうの物語は、この変わった風貌のミミズクが語ったという設定で、山また山の奥深く、遠い地の幻のお話の雰囲気が一層高まります。

実は、このフクロウは元になった紙芝居には登場しないのですが、どろぼうのお話、どろぼうの仕方を学ぶ学校ということで、教育上よろしくない、というお叱りの声を危惧して絵本にするときに、語部として登場させたのです。
それぞれのお話の冒頭と最後に姿がありますが、『どろぼうがっこうぜんいんだつごく』では校長先生の風邪がうつってしまったり、『だいうんどうかい』では年老いたミミズクが咳き込んで終わるあたり、なんだか現実味を帯びています。

もう一作、『きんいろきつねのきんたちゃん』(下)をご覧ください。金と銀の目に見えるようなこのフクロウ、本文のどこにも登場しないのにここにいます。加古が強い思いを込めた物語ですが、残念ながらこの絵のついた絵本は絶版になっています。

森林開発と毛皮取りのため母を奪われたコギツネが、人間に飼われその世界で暮らすことになりますが、ある日、ひょんなことで変わり果てた姿の母キツネに再会し無我夢中で森に逃げ帰ります。

「つきの きれいな よる、あおい山の ふもと」で泣いているちいさなきつねが「つきのひかりに きらりと きんいろに ひかる」のを見守っていたのは、フクロウでした。